日常に起こった色々なことのブログまとめ

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特にテーマのないブログです。新しい記事が上に表示されるので過去(下)のものからどうぞ。

始まりのときはいつかこんな日がくるとは想像すらしていなかった。出会ってから今年で14年目、我が愛車のハイラックスサーフの売却が決定した。

 

東京にいた頃、もともと乗っていたカローラワゴンに限界が近づいていた。車が悲鳴を上げる中乗り換えが急務となっていたのだが、私は車に対してほとんど興味がなく、走れば何でもいいというタイプの人間だった。

 

以前購入した軽トラ(そのときの記事はこちら)もそうだが、とにかく安い車を買ってそのまま乗り潰すまで乗り続けて廃棄と同時に買い替える。この軽トラは30万円で購入し、5年半の間稼働してくれた。税や車検を抜いて修理やメンテ代などを含めても月あたり3000円程度でリースしたのと変わらない。

 

そしてその次に購入した軽トラ(そのときの記事はこちら)も同じ30万円で購入して2年半が過ぎたが、こちらは前回のものよりさらに状態が良く、事故がない限りもっと稼働年数が伸びるだろう。

 

そんな私が強い思い入れを抱いた数少ないクルマがこのハイラックスサーフという車であり、このクルマに関しては全てに愛着を持て、恐らく動かなくなるまで一生でも付き合っていくものと信じて疑わなかった。

 

それはこのクルマを購入した経緯にも因があるかもしれない。というのも、これは私が今の妻と入籍するときに購入したもので、今の家族の全ての思い出が詰まっていると言っても過言がないような車であるからだ。

 

その思い出を少しピックアップしながら話すことで、このクルマとの別れを惜しみたい。このブログをご存じの方はお分かりだろうが、私は今の安芸高田市に越してくるまではかなりのアウトドア志向の人間だった。

 

このブログの一つのテーマでもある(最近更新できていないが)日本の淡水魚を追い求める旅にその活動のほとんどを費やしていたのだが、その活動の半分くらいはこの車が担ってきた経緯をもつ。

 

特にデジカメ等で写真を撮りだしてからの記録はほとんどこの車でのことが多く、それを含めてアウトドア活動をしていたときに重宝したのが左の写真にある広いラゲッジルームで、この中には釣り道具一式、潜水道具一式、ウェットスーツや着替え、網や小型水槽など魚を捕獲する道具一式、車中泊する際の専用網戸やシェードなどを常備しても問題ないほどの容量だったと思う。

 

そしてこのクルマは後ろの窓(後部シートの窓ではなく)が自動開閉するパワーリアウィンドウが標準装備されていた(写真の通り上下にスライドしてバックドア下部に窓全部が収納される)。

 

私はしなかったが、ちょっとした長物(スキー板やスノーボード等)で車長からはみ出してしまうときに開けて収納できたり、後ろ向き駐車でバックドアを開けないときに窓から荷物を出し入れできる、現行の国産では恐らくこのクルマだけの特権といえる装備があった。

 

車中泊する際には後部シートを倒してスペースを広げると、人ひとりが寝るには充分すぎる空間が拡がる。タイヤカバーが邪魔ではあるため、人ふたりとなるとだいぶ手狭な感じになってしまったが、それでも工夫次第で快適に過ごすことができる。

 

倒したシートとラゲッジルームの間にはちょっとした段差があるため、この段差を埋めるようなクッション材を入れ、その上に更にマットを敷くと快適なもので、妻ともよく泊まったが、共にアウトドアに出向いた友人と泊まることも多々あった。

 

このクルマはサンルーフも備えていた。他の車のサンルーフがどういう構造か興味はないが、このサンルーフは写真のように前から後ろにスライドして全開する機能の他に、ルーフの後ろだけを持ち上げる機能も備えられており、当時愛煙者だった私には煙の排出を高速道路走行中であっても効率よく行ってくれるこの機能を多用したものだ。

 

天気の良すぎる日は暑すぎるから開けないが、天候を選んで開放すれば快適な風が通り、先ほどのリアウィンドウの開放と合わせれば抜群の風通りを楽しむこともできる。

 

そんなクルマとなぜ別れる決意をしたかというと、安芸高田市に移住して軽トラを購入して以降、乗る機会をほとんど失ってしまったからである。東京で購入したときに48000kmだった走行距離が、こちらに来たときには約10万km、結果東京時代は概ね1年で1万km走った計算になる。

 

全て個人的使用と考えればそこそこ走っている方だろうと思うのだが、写真にある通り、こちらに来てからの走行距離は移住後8年の間に1万kmにも満たない寂しい結果となった。

 

理由は、私が住んでいる田舎ではとにかく目的地までの走行距離が長く、この燃費の悪いクルマではコストが膨れ上がって効率が悪いからで、次いで大型乗用車であるため、狭い道の多い田舎では通るのにも離合するのにもUターンするのにも難儀する。

 

それがハイラックスサーフの特徴でもありメリットとの裏合わせでもあるところだが、どこか長距離にでも出かけない限り汎用性の高い軽トラしか運転しなくなることも理由の一つだった。

 

それに加えて長距離移動には妻の燃費の高いクルマがあり、そちらを使うとガソリン代も3分の1で済む。要はハイラックスサーフという車は高級車並なのであり、それら色んな理由があって私の暮らしぶりとは合わなくなっていたことが大きい。

 

これらが決断を下した理由である。愛着あるクルマだけにほとんど乗らなくなってからも数年間決意できなかったのだが、自動車税で毎年66000円、2年車検で約10万円が飛ぶ。移住後ここまで累計で100万円近い額が乗らない車に費やされていた計算だ。

 

私自身、今はヘルニアを患っていて坐骨神経痛に悩まされている。これは回復するまで仕事に復帰できない程度の障害を負っているに等しく、かつ早期の回復も現時点で期待できそうにないため、今後の仕事を再考するフェーズにある。

 

以前古民家ブログで納屋の方を民泊施設にするかもしれないとお伝えしたことがあったが、それは現在の自分の身体を鑑みて今後の仕事も覚つかない現状もあり、8割方実現の方向で動きだすような気がしている。

 

今回の決断が資金の節約と調達を同時に実現できることが今の私にとっては大きく、今後を前向きに生きる上で不可欠なことでもあったことが苦渋の決断を下すに至った最大の背景であった。

 

想いが詰まった愛車だったが、売却決定後これが最後の運転とばかりにガソリンのある限り運転した。惜別の意に堪えないが、一つだけ留飲を下げたことがある。これを購入した当時の中古車価格と同額以上で売却できたということだ。

 

購入して14年も経ち、車体の四隅に傷も出来、補助ミラーも折れ、塗装も一部剥がれかけているところもあり、釣り道具などの長物を常備するためにつけた装備によって後部フレームカバーがガバガバになっており、何より補修歴のあったクルマであった。

 

それでも14年前に購入したときと同じ評価額だったことが、このクルマの価値が衰えないことを物語っている。今回の売却先では店頭販売してもらう約束だが、この車は現在特に海外で強く支持され、我々の新婚旅行先であったケニアでも複数見かけた。アフリカでは走破能力とエンジン耐久度が異常に高いこのクルマは日本国内よりも高く売れるらしい。

 

走行距離は10万ちょっとで、普通の車で考えるとガタが見えてくる数値だが、実際の稼働年数や市場に出回っている同型のものと比べてもかなり少ないほうで、これまでエンジン系のトラブルは一度もなく、40万kmくらいは問題なく走ると言われるこのクルマにとっては価値をより高める効果しかないのだろう。

 

コロナ以後爆発的に中古車市場が跳ね上がり、本来であれば今から1年前くらいが最も売り時だったのかもしれないが、それでも一部の車は高値で推移しており、このタイミングであったことも売却を決断した背景にあった。

 

思い出が溢れすぎて収拾がつかなくなりそうなのでこのへんで筆をおくことにする。

続きを読む≫ 2025/05/24 21:08:24

本年最初の寒波到来とあり、少々浮ついた気持ちと本格的な冬の到来に警戒する気持ちがないまぜになっている。世間一般は年末年始の大型連休をどう過ごしたのか知らないが、私どもの今年はほとんどを家ごもりにて過ごした。

 

一つには私自身の怪我がなかなか癒えないということがある。椎間板ヘルニアというのは腰が痛いだけと思ったら大違いで、完治があるのかはわからないが、完治といえる状態になるまでは神経痛に悩まされることになる。

 

私の場合は神経痛がありながらも無理して仕事に励んだ結果、痺れの範囲が拡がり足底部に強い痛みが生じ、歩くのに苦痛が伴うようになった。立っているだけで痛いのだが、じゃあ椅子に座ったら楽かというと、今度は坐骨神経痛(ヘルニアとセットのようなもの)がひどく、1時間も座っていると音を上げたいほどに辛い。

 

それは今回のテーマとは無関係だが、本題は寒波についてである。

 

冒頭の写真が先週末の積雪後の我が家を撮ったものだ。豪雪というほどではないが、なかなかの雪化粧ではなかろうか。

 

私が田舎に移住して特に良かったと思える瞬間の一つに、こんな積雪があった後の晴れ間が拝めるということがある。右の写真は母家の勝手口を出てすぐのところから撮ったものだが、こんな感じで朝日が昇ったくらいの時間帯が最も美しい景色を見ることができる。

 

最近はとかく映え映えバエバエと口喧しい輩が跋扈しているが、私もこれで連中の仲間入りということになろうか。

 

雪によって空気が清冽に感じるからか、川の輝きも普段と違うような気がする。朝日でキラキラしているのが眩しく感じるほど、この規模の川でも光の反射が目の中に刺さってくる。

 

それには周囲の雪の白さも一役買っているに違いなく、そうでなかったとしてもそう思い込むことで見ている本人が幸せを感じられればそれで良い。

 

そんなことで家からの風景だけでも心躍るものを感じるが、こういうときは更なる良い景色を見たくてついつい痛い足をひきずって散歩を満喫してしまうはめになった。

 

今回の雪はとてもサラサラで歩いているとかなり深いところまで足が沈む。そうすると当然足の上げ下げが頻繁になり、怪我をした身には辛い。そこでなるべく上げ下げをせず足を前に出すように進んだが、雪がサラサラでほとんど抵抗なくかきわけることができている。

 

私が蹴散らした雪はフワッと宙に舞い、どこへともなく消えていくようなイメージだ。

 

こんなときは昔読んだ谷崎潤一郎の細雪を想い出す。現代風に言うとパウダースノーといったところだろうが、これだけ柔らかい雪だと一度何かで踏み固められた時にすぐに固くなってしまう。

 

左の写真は私の住む集落が最もよく見える高台から撮ったもので、一昔前はこの集落のまさにこの瞬間の写真を撮るために、余所からカメラマンが空き家に泊まり込みに来ていたらしい。

 

その他では、ここから見える田んぼを草地にして和牛の放牧も行われていたとも聞く。私が移住してくるほんの少し前のことだったようだが、ここにはそんな牧歌的な風景が拡がっていた。

 

ということで帰路についた。これから右の写真の道を踏破しなければならない。道に積もっている雪は概算で15センチくらいで、歩くにはなんら問題がないが、こんな綺麗な道を初めて歩く瞬間というのは楽しくもあり、切なくもある。

 

切ないというのは、この最初の一回こっきりでもう二度と同じ感触を味わうことはないだろうということだ。この日はさらにこの後、車にて出かける用事があり、ここから家までの雪はあっという間に端と真ん中だけを残して消滅する運命だ。

 

我が家は駐車場から出発してすぐの区間、急な登り坂と急な曲がりがあり、今年までの間、雪道を出かけるのはほとんどが4駆である軽トラの出番であった。だが今年からはユンボという力強い相棒が出来たため、ものの10分程度で必要充分程度の雪かきが出来てしまった。

 

それのお陰で4駆でない車も何の問題もなく出入りできるようになった。ちなみに、私の住む集落から出発するということは、ほとんどの場合でだんだん積雪が少ない場所へ移動すると同義であり、この出発点さえ抜けることが出来れば基本的にどこへでも行けることになる。

 

最後に、この程度の雪であれば毎年の特に取り上げるまでもない四季レベルのことで、わざわざ警報級を謳う必要はないと思われる。特にここ数年はニュースマスコミ(気象庁)がこぞって〇年に一度とか、過去に経験したことのないとか、煽るだけ煽って注意を促すという手法を繰り返し使う。

 

そうでもしないと老人がなかなか重い腰を上げないといったところから来ているのかもしれないが、ハッキリ言って逆効果であるどころか、危険ですらあるように感じる。

 

私自身、災害級と言われたところでまたかという気持ちになるし、どうせ大したことないだろうと、一番なってはいけない心理状況になっている。特に大雨のときなどにそう感じるが、私の集落では洪水注意報が出ようが、川の氾濫が報道されようが、避難勧告程度では誰も動こうとはしていない。

 

話が逸れたが、今年も素晴らしい景色を拝むことができ、幸先の良いスタートとなった。

続きを読む≫ 2025/01/12 17:55:12

謹賀新年

 

一昨年には1年を通じてロクなことが起こらず、昨年は年始に人生初のお祓いをしてからのスタートとなりましたが、特に新たな問題は発生せず無事に年を越すことができました。

 

今年の明るい出来事といえば、冒頭の写真の生き物が多数確認できたことです。これは我が家の母家の網戸についていたホタルを撮ったもので、今年はウチの下の川で観測史上(私が移住してから6年のデータ)最大規模の乱舞が確認できています。

 

家から一歩外に出ると、最大で視界の中に20〜30くらいの小さな光が舞っていることもあり、3年前の大水害(そのときのブログはこちら)から存続が危ぶまれた子孫たちが逞しく生き延びていることに勇気をもらえました。

 

それと同時期に姿が確認されたのが右の写真の生物で、こちらも水害以来めっきり姿を見る回数が減っていた生物のうちの一つです。

 

それまでは5〜9月の間にかなりの頻度でかつ、一度に何匹ものオオサンショウウオが毎日確認されていたものが、水害以降1年に2〜3回しか見られないほどに減り、毎日のように石の間から顔を覗かせていた体長7〜80センチほどのヌシを今は全く見ることができません。

 

が、昨年は写真の個体ともう二回りほど小さいのが交互に定期的に確認できており、大水害からようやく回復の芽が出始めていると感じた年だったように思います。

 

川に関して心配なのは、大水害から3年越しで川の上流の土砂崩れの場所に大工事が入ったことで、工事終了までの数カ月間は毎日川が泥で埋まり、終了した今では上下流に数か所も3面護岸の過剰工事がなされ、流れてくる土砂で川床が埋まって凹凸が少ないという、生き物にとっては棲息維持が困難な状態にされてしまったことでしょうか。

 

こちらに関しては今後小中規模の台風なりが底の砂泥をさらうなど時間が解決してくれることを祈るのみで、せっかく数多く見れたホタルも今年は期待できそうになく、おいおい追記することもあるやもしれません。

 

初秋あたりには左の写真のような出来事もありました。これは目を凝らしても何かということがわからないかもしれませんが、キイロスズメバチの大量の死骸です。

 

我が家ではこの3年の間、毎年家のどこかにこのスズメバチに巣を作られてしまい、私自身、2年連続で刺されてしまっていましたが、昨年は刺される前に駆除することができました。

 

蜂の駆除の仕方にはいくつか方法があると思いますが、試行錯誤の末に私が辿りついたのがこの駆除方法です。何度かこのブログでも紹介したかもしれませんが、棒の先端についているのはネズミ捕りで、粘着のついたシートです。

 

これを巣の近くに設置しておけば勝手にそのコロニーの蜂が全滅してくれるという、コスト、労力、危険性全てに優れた撃退法で、今年はこれで2つの巣を完全駆除しました。

 

一昨年は屋根裏にも巣を作られてしまったので、そこに至る全ての通路を塞ぐ作業を行い(その時の記事はこちら)、それを塞いだら次は納屋の高い位置に巣を作られてしまった(高すぎて被害が想定されなかったため無視した)。

 

そして昨年はついに床下に巣を作っているのを確認したため、写真のように床下に差し込めるよう細い棒にネズミ捕りをつけ、床下点検口からギリギリ届く位置に作られていた巣に押し当てて放置、また翌日押し当てて放置、というのを1週間繰り返すうちに巣は全滅。

 

怒ったハチが点検口から部屋内に入るのが怖かったため、一度に大量に粘着させずに日を替えて数度にわたって夜にコツコツと駆除作業を行ったことを昨日のことのように思い出します。

 

そのときの巣を回収したのが右の写真で、作者はまだこれを食する気持ちが湧いてこないが、昔の人はこれをハチノコと称して美味しく食べる人も多い。実際にハチの世界でもこの幼虫の奪い合いが起こるほど栄養価も高く、栄養価の低い食事が当たり前だった昔は重宝する食材たり得たということだろう。

 

昨今は飽食の時代でもあり、またハチの巣を駆除するのにスプレーなど毒物を使うのが大半だったりで、一部のマニアしかこの価値がわからないのが現実で、私もその価値がわからない人間の一人になっている。

 

ちなみに、このハチの子がこのままの状態で成虫になることはなく、2〜3日後には死んで真っ黒になっていく。タイミングよく釣りに行くようなことがあればエサとして重宝したかもしれない。

 

そのようなことがありながらも大きなトラブルがなく過ごせた年となったが、新たなトラブルがなかっただけで実際の体調面ではかなり良くない年で、一昨年の年末から発症したヘルニアに全く改善はみられていません。

 

今年中にはなんとか症状改善してもらわねば困る、というのが本音ですがこればかりは自分で努力してもどうしようもなく、あとは手術という手段をとるかどうかの選択の年になりそうな気がしています。

 

ということで、今年の目標は我が身体の健康回復ということを第一に、このブログも更新を続けていく所存であります。

 

本年もどうぞよろしくお願い致します。

続きを読む≫ 2025/01/01 13:13:01

ずいぶん長い間ブログの更新が進んでいなかった。

 

ご心配をおかけした方もいただろうが、更新を阻害する出来事が次から次へと降って湧いてくるように立て続けに発生してしまっていた。今見返してみると6月半ばから更新が止まっている。今でほぼほぼ半年くらいとなる。

 

まず最初に起こったのは私自身がコロナにかかってしまったことだ。以前、このブログで私がコロナワクチンを打ったときの副反応についてお伝えしたことがあった(そのときの記事はこちら)が、その時は約50日間ほとんどの運動が出来ず、ほとんど寝たきりに近い状態になってしまっていた。そして今回、ワクチンではなく実際にコロナになってしまって解ったことは、私はコロナ関連の感染に非常に弱い体質だということ。

 

今回コロナになったことによって通常の力が発揮できない状態になった期間はまるまる2カ月であった。ただ、ワクチンの時と違ってその間ほとんど何も運動ができなかったわけではなく、身体に異変がありながらもなんとか簡単な仕事であればやれていたような状態であった。り患して数日後に熱などの症状は治まり、そのあたりから強い倦怠感に襲われていた。倦怠感といえば想像がつきにくいかもしれないが、例えていえば約10キロほどの重量の荷物を常に背負い続けているような感じといえば正確かもしれない。

 

例えばこれから山に登ろうとする人からすれば10キロの荷物なんていつものことだ、と思うことなかれ。登り始めは良いとして、登り続けて休憩地点にきたとき、荷物を置いて休憩が出来ない状態であり、山小屋で一泊するときにも一度も荷物を降ろせない状態であり、目的を達成して下山した後も荷物を背負い続けている状態なのである。

 

つまり、最初は体力でなんとかやれたとしても、時間が経つにつれ2倍にも3倍にもなって辛さが跳ね返ってきてしかもその苦しみが続くと考えれば、最初から何もしない方がいいと考えるのが人間というものであろう。私が経験した症状というのはそういうものであり、日にちの経過によってその荷物の重量が10キロから5キロぐらいに減り、3キロ、2キロ、と徐々に減っていってついに重荷を感じないか、あっても数百グラム程度のように感じ得たのが約2カ月後だったという感じだ。

 

コロナの話はそのぐらいにして、その後も色々なことが立て続けに起こっていた。コロナから回復してしばらく後、ようやくブログを再開しようかどうかというタイミングで2匹目の猫を引き取ることになった。以前のブログで1匹目の猫を引き取ったことを報告したと思うが、その1匹だけでも世話をしたり一緒に遊んだりでこのブログを書く時間がかなり削られることになっていたのだが、引き取ってしまったものは仕方がない。

 

そうこうして忙しく日々を過ごしていくうちに、これまた立て続けに3人の身内が不幸に見舞われた。1人目は義父で、2人目は祖母、3人目は義祖母。こんなに続くものかというほどだった。

 

それらもようやく落ち着いてきた頃、今度は3匹目の猫を引き取ることとなった。昔の私を知る人からすると猫を飼うイメージは全くないかもしれないが、以前のブログにも書いたとおり、猫を飼うことはこの家を購入する前からの目標のうちの一つであった。ただ、こんな短期間に3匹も迎えようとはさすがに自分でも想像すらしていなかったが、そのくらい猫の魅力にはまってしまったということでもある。猫についてはまた別の機会にこのブログで紹介するつもりなのでお待ちいただきたい。

 

また、3匹目の猫を飼うのと前後して、1匹目の子が骨折したり、3匹目の子がウィルス性の結膜炎になったりして看病に大変だった時期が2カ月続いた。今現在ようやくそれが落ち着いたため、ここから少し本腰を入れて本来のDIY活動などを復活させたいと思う。

 

が、実はそれを思っていたのも束の間、そうは簡単にいかない問題がまたしても発生してしまった。年齢のせいか、仕事中に背中や足に痺れを感じるようになり、受診した結果、腰椎椎間板ヘルニアと頸椎椎間板ヘルニアが同時に起こっていることが判明してしまった。

 

一年の間でここまで不運なことが連続して起こることがあるのだろうか?というくらい不運が連鎖してしまっていて、本来全く神や仏を信じていない私が、今年だけはとにかく何かをしないと収まりがつかず、年内に厄払いをすることに決めた。

 

と、半年もの期間ブログが更新できていなかったのはそういう理由があったためであり、決してさぼっていたとかやる気がなくなったとかではないため、身の周りのことがある程度落ち着いた今後はヘルニアと闘いながら少しずつ出来る範囲で更新をしていけたらと思っている。まずは前回の古民家ブログの続きの記事を半年前に書きかけていたものがあるのでそれを掘り起こして加筆修正して掲載しようと思う。

 

そういうことで、今後とも宜しくお願いいたします。

続きを読む≫ 2023/12/20 21:15:20

東京から安芸高田にIターンしてから早6年が過ぎた。こちらに移住してきたとき漠然とではあるが持っていた目標がいくつかある。古民家購入、リノベーション、家庭菜園、猟、淡水魚飼育、猫、犬、猛禽、馬、などなど。

 

それらを全てやり尽くせる日がくるかどうかは私自身にもわからないが、このうち古民家購入と淡水魚飼育だけがすでに達成できた。今回この中からさらに一つ達成できそうなためここで報告としたい。

 

それは猫についてである。実はGWに入る前から県内の保護猫の譲渡会などを周ったりネットで探しながら我が家に迎える猫を探していたのだが、先週末の譲渡会で決定し、昨日からトライアルで同居を開始した。

 

トライアルは2週間で、その間別段問題なければそのまま譲渡成立ということになる。冒頭の写真は今回新しい家族のための部屋を撮ったものだが、ここはもともと妻の職場として使用していた部屋だったりする。

 

そのため、便利に使える収納やデスクなどがまだ残っているような状態であり、かなり急に決まったことなので急いで部屋を作っていくことにした。まずは今あるものの撤去からだ。ほとんどのものは邪魔であるため事務部屋に持っていったが、デスクだけは使えそうだったためこのまま猫部屋で使うことに。

 

荷物をどかしたらまず最初に手を付けたのが右の写真の通りケージを用意することであった。私のイメージではケージ、食器、トイレ、移動用箱などが初期に必要なものだろうと思い、色々と調べながら用意していった。

 

ケージ内にはシステムトイレ、給水器、食器台、寝床などを用意し、この中にいれば生活に必要なものが全て入っている状態にすることで、基本はこの中での生活を過ごしてもらう方針だ。

 

食事周りで気にかけたことは水にしろフードにしろ、口に入れるときに喉を曲げなくて済むある程度の高さがあることで、これが吐き戻しをなくすために効果的らしい。

 

水は止水よりも流水を好む傾向があるため割と奮発して噴水から流れるタイプのものを用意、これが功を奏し初顔合わせの瞬間にすぐ水を飲むという結果になった。

 

通常、トライアル初日には警戒して取り付く島もないようなケースが多いらしいが、私が選んだ子は少し過ぎるほどの甘えん坊で、会ったその瞬間から尻尾を立てて体をすりすりとこすりつけてくるなどリラックス全開で拍子抜けするほど。

 

最低限の準備としては以上で整っているのだが、自宅で自由にできる空間がある以上、キャットウォークを作らないわけにはいかないだろう。右の写真は購入したキャットタワーを撮ったものだが、ここからキャットウォークにアクセスできる形にした。

 

キャットタワーは天井に突っ張って固定するタイプのものを選んだのだが、母家の天井は基本全て和天井であり、突っ張りに対応できるほどの強度がない。そのため、上下からしっかり固定したキャットウォークを一枚だけ作り、そこにビス固定する形で強度を確保している。

 

その他、キャットウォークの形状としては写真のような形である。最初の写真と比べてもらえればいかに部屋の印象が変わったかがわかると思う。もとあったデスクをこちら側に設置しなおすことで、窓から外がしっかり見えるような配置とした。

 

また、正面のキャットウォークの裏側から猫のおもちゃをぶら下げることで、デスク上で遊ぶきっかけになればというプランになっている。最終的にはデスクの左上の高くなっているところに足場を作り、そこからもキャットウォークを行き来できる形にしたのだが、それは最後の写真でご確認いただければと思う。

 

先ほどの写真とは部屋の反対側、つまりケージを置いた側のキャットウォークはご覧のような形にした。イメージとしては上の段を通ってもらうのがメインで、下の空間には猫がいじって遊べないような何らかのボックスやケースを置いたりするスペースにできればと考えている。

 

下のスペースに物を置こうと置くまいと通過道として使えるように一応の出入口は設けてみたが、使ってもらえるかどうかはわからない。ただ、これらを作っているときは色々考えながらで楽しく、木工はやはり楽しいということを再確認した。

 

では今回我が家の一員となったきみちゃんを紹介しよう。名前は保護主がつけていたまんま似合っていたので採用した。年の頃は10カ月、もと捨て猫だ。かなり甘ったれで常に誰かと接触したがる。

 

体重2.5キログラムとオスにしてはかなり小さく、去勢やワクチン、病気などの検査は全て済んでいる。通常、猫をペットショップで購入すると2〜30万円以上かかってくるのだが、保護猫は基本譲渡という形をとって医療費など実費を支払うことが多い。

 

だが今回はそういった医療費もほとんど必要なく、びっくりするくらいの金額で譲渡をしていただける予定だ。こういった保護主には本当に頭が下がる。

 

後付けとはなってしまったが、最後の写真のように窓には脱走防止の柵を作っておいた。一体、猫というのは一度脱走してしまうと戻ってこなくなることが多いらしい。

 

外で迷子になった猫はそのまま死んでしまうか、生き延びても決して幸せにはなれないだろう。去勢や避妊手術が終わっていない個体であればネズミ算式に子供を作ってしまってそれがさらに野良猫となり、不幸な循環が生まれる。

 

ということで、我が家では生涯イエ猫として一緒に暮らす予定だ。このせいでリノベーションから手が遠くならなければいいが。

続きを読む≫ 2023/05/06 19:26:06

謹賀新年。

 

今年も色々ありましたが無事にまたこの日を迎えることができました。今年はご存じの通り年末に全国的な大雪に見舞われ、ほとんどの方が何らかの影響を受けたことと思います。

 

我が集落でもそれは例外でなく、地元の人々が口をそろえて「こんな雪は数十年振り」とのことでした。確かに、集落の古い写真を見たときにはこれが同じ場所なのかと目を疑うほどの積雪量であったようです。

 

ただその積雪も近年は絶えてなかったようで、私がここの集落に入る前後のときに聞いていた話では、積もったところでせいぜい2〜30センチ程度という話でした。

 

そして実際に今住んでいるこの家のことを知ってから4年余りの間、聞いていた話の通り例年その程度の積雪だったのですが、今回は桁が違ったようです。積雪量というのがどの部分で計測して言うものなのか良く知りませんが、最も深いところで足の腿半分程度まで埋まるくらい(6〜70センチ程度)の積雪がありました。

 

写真の車の積雪もかなりのものですが、本当に大変だったのはこの車を除雪車が入ってくれる道まで動かすための除雪作業だったりします。特に我が家の場合はその道までが遠く、距離にして50メートル以上は除雪作業をし、2人がかりで4時間程度費やしてしまいました。

 

その他にも大変になることとして、今回の大雪では倒木が至る所でみられていることです。さすがに国道や大きめの県道などはすぐに手が入って解消されていますが、山越えの道などマイナー路線は未だにこれらの処理ができていません。

 

我が家の裏庭にあったキンモクセイもご覧の通りの有様で、もうちょっとで折れて倒れてしまうくらいの状態になっていました。これでも大雪があった初日に上に固まっていた重い雪を全て取り除いて(吹雪の中全身びしょ濡れでやりました)一度負担を軽くした上でのものです。

 

雪はほぼ丸二日容赦なく続いていたため、除雪していなければ折れていた可能性が高いでしょう。

 

それと対照的に全く雪下ろしをできていなかった木がこちらのクロモジで、3カ所で枝が折られてしまっています。その隣にあるモミジ2本に関しては横になる寸前のときに一度雪下ろしをして事なきを得ました。

 

木を伐ったことのある人ならわかると思いますが、直径が5センチ程度もある枝はそう簡単に折れるものではなく、また相当な重量があります。これら折れた枝が降りかかったモミジもまたダメージを受けて一部細い枝が折れたりしています。

 

それらが去った後に起こったのは屋根上からの雪崩です。丸二日降り続いた雪が翌日少し晴れ間が出たときに一気に融け、これまで経験したことのない量の雪が一気に落ちてきました。

 

母屋の中にいてもものすごい音で、「ドサッ」という感じでは全然なく、「メリメリメリッ、バキバキバキッ」という屋根の木構造が壊れているような音が聞こえます。幸いなことに実際それでどこかが壊れたわけではありませんでしたが、再び経験したくない肝の冷える音でした。

 

しかし本当に危惧していたのは母屋のほうではなく、納屋の雪崩のほうです。前回のブログでも少し対策を施したことを報告していますが、川側の下屋が破損している部分があるため、そこに追い打ちの打撃があれば屋根の倒壊の可能性がかなり高かったのです。

 

こちらも運が良く全ての雪が落ちる前にあらかた融けてくれたようで、最悪の予想までには至らず、ホッと胸をなでおろした次第です。母屋の方で屋根から落ちている雪の壁はご覧の通り1メートルを超えている有様。

 

特に裏庭側の雪は昨年もなかなか融けきらず、数カ月は残り続けていたため、ユンボを手配してさっさと処理をしておきたいところで、年明けいいタイミングで借りてやりたいと考えております。今後はいつこんなことがあってもすぐに対応できるよう、小型重機の免許も取得しました。

 

しかし今回の雪の間にはこのへんでは滅多に見られない現象がみられました。最後の写真ではちょっとわかりづらいですが、家の下を流れる小川の一部が凍結しているものです。

 

もっと近づいてわかりやすい写真を撮りたかったのですが、あまりの雪の深さと吹雪の状況に逆らう気力が湧いてこず、適当に撮った写真しか残っていません。

 

なにやら雪のことばかりの報告になってしまいましたが、今後ともこのブログをよろしくお願いしますということで新年のご挨拶とさせていただきます。

 

続きを読む≫ 2022/12/31 23:04:31

全国各地で大雪が止まらないようだ。

 

我が広島県は南部が瀬戸内海に面しており、比較的温暖な地域であまり深く雪が積もるようなことはない。だが、いったん県北のほうへ行くと全国の雪深い地域と比較しても遜色ないほどの豪雪地帯もあったりする。

 

日本を東西で分割したとしてその西側だけで考えたときに、中国山地というのは日本アルプスに次いだ雪山といっても過言ではないだろう。そういう意味で山地が横断しているこの県は南北で非常に違いの際立った県といえる。

 

その中でも私の住む安芸高田市はちょうど県の中間に位置する地域で、市の中心あたりは開けた平地になりさほど雪が深いということはない。問題は市の中心を境に山深さが劇的に変わってくることかもしれない。

 

冒頭の写真は今回2日にわたって降り続いた大雪が明けた翌日の我が家の様子を撮ったもので、新雪の一番深いところで35〜40センチ程度の積雪となった。去年までの例でいうと、陽当たりの悪い山際などの雪が完全に融けるのは春を待たなければならない。

 

前置きはそのへんにしておいて、今回の本題に入ろう。寒波の情報を得たとき、どうしても真っ先に対応しておきたいことがあった。確かこのブログで去年の雪のことを報告したかどうか記憶が定かでないが、リノベ的に気を付けておきたいのは雪が降り終わった後のことである。

 

それはまさに冒頭の写真のように、雪の降った後で晴天を迎えたときや雨が降ったときに起こるもので、屋根の上に積もった雪が融けて落ちてきたときの泥はねにより、綺麗に仕上げたばかりの壁や板張りが無残にも汚されてしまったことだ。

 

それは全く予期できなかったことで、去年はその被害を被ってしまったため今年は是非とも対策を講じるべく動くことにした。さっそくだが、右の写真は集落の山の中で竹が多く生えているあたりを撮ったもの。

 

まずはここに生えている竹の中から細くて丈夫で長めのものを何本か拝借する。要はこれらの竹を物干し竿のようにして泥除けシェードを作っておこうという感じで、写真はちょうど良い具合の竹を見つけて伐っているところ。

 

竹を伐るとき最も手っ取り早いのは写真のようにナタを使い、力任せに幹を叩くことだと思う。特に今回のような細めのものをターゲットにしている場合、このやり方だと4〜5回叩きつければ簡単に折ることができた。

 

持ち帰った竹は納屋の西面(玄関側)に吊るせるよう設備を整えていく。この作業が割と時間のかかったところで、竹はなるべく真っすぐなものを選んで伐ったにもかかわらずある程度は曲がってしまっている。

 

それらをちょうど良いところでカットし、うまく西面の屋根を支えている柱と柱の間に収まるよう調整。写真にある縄はもともと置き捨ててあったもので、今回お試し感覚でこれらを作成するのにちょうどよく利用させてもらった。

 

竹はできれば1本あたり6メートル以上のものを選びたかったが、あまり選ぶのに時間をかけてもおらずその長さで真っすぐな素材を見つけることはできなかった。

 

なぜ6メートルかというと、今回購入したシェードが横幅6メートルのものだからである。だが竹の状態と屋根の柱の間隔などを考慮した結果、この6メートルのシェード2枚を横並びにしてそれを3本の竹で吊るすということに確定。それを雪が降る直前に仕上げておいたのが左の写真ということになる。

 

この初雪は一度降り始めると止まらず、ほぼ丸2日ほど降り続けた。その途中途中で何枚か写真を撮っているが、印象的な2枚をこちらに掲載しておこう。

 

まずは軽トラの荷台だが、高さでいうと25センチくらいだろうか。この写真は1日目の夜撮ったもので、実際はここからあふれて盛り上がるほどの雪が積もったのだが、残念ながらピークのものを撮り忘れてしまっている。

 

今回驚いたのが左の写真の状態で、2日目の夜撮ったものだ。ずっと降り続いた雪が屋根から滑り落ちようとしているのだが、ずっと氷点下が続いているため雪が凍っており、屋根の鼻隠しから1メートルくらい垂れ下がっているにも関わらず宙吊りになってしまっている。

 

これは私が玄関で直立したときにもう少しで頭が触れそうな位置まで垂れ下がっていて、屋根の重量負担や事故防止の観点からすぐに落としておくべきだったかもしれないが、どのくらいまでいくのか興味があったためこのまま観察していた。

 

が、この写真を撮った数分後にこれらは落ちることとなった。そのときの音たるや屋内にいてもびっくりするほどで、大きな怪獣のようなものが地面を踏みしめたような衝撃が走っていた。

 

そんなこんなで2日間の降雪が終わり、翌日の晴天で融ける可能性を考慮してシェードを出したのが最後の写真。このシェードは不必要なときは竹にぐるぐる巻きにしておいて邪魔にならないよう高い位置に立てかけておくことができるようにしている。

 

今回のように屋根から落ちる可能性のあるタイミングでサッと用意し、それが終わったらまた戻すようにする。どうやらこの晴れ間は1日ともたず終わり、年末に向けてさらなる寒波が押し寄せてくるようだ。

 

せっかくリノベーションを再開したばかりだが、この足止めによって壁塗りは控えざるを得ない。

続きを読む≫ 2022/12/22 19:42:22

私が安芸高田に移住するようになって早5年半が過ぎた。移住当初、なにもないところから色々な古民家リノベーション準備を進めていったのだが、その極めて初期の頃に購入し、以後乗用車として縦横無尽の活躍をしてくれた軽トラが、いい加減耐久に限界が近づいていた。

 

もともと綺麗とは言えない状態のポンコツを購入し、それなりに走れていたのは最初の頃だけで、特に仕事として農業をするようになってからは劣化が早くなった感があり、やむを得ず買い替えをすることを決意する。

 

我が分身でもあったこのクルマがどれほどギリギリの状態であったのか、記録的な意味でも紹介しておくことにする。まずは冒頭の写真、ワイパーブレードの錆がひどく、新品のブレードに替えてもしっかりフィットしてワイプしないようになっていた。

 

見た目だけの部分をとってもボロボロなのだが、この車が限界になってきているのはエンジン回りについてもそうだったりする。アイドリングが極端に弱く、始動の際にだいぶアクセルをふかさないとエンストしてしまう感じだった上に、アクセルペダルを踏んでもすぐに反応せず、1〜2秒の無反応時間があったりした。

 

一時停止した際には寒いとアイドリングが下がってエンストしたり、一度だけ走っている最中に急にエンジンが止まってしまったこともあった。本当にもう限界ギリギリの状態といえる。

 

右は車内のホコリの様子を撮ったものだが、農業によって酷使されたクルマはすぐにこんな感じに汚れてしまう。念のため補足しておくと、仕事の往復だけで乗るのであればここまで汚れることはない。

 

農業は常に自身も泥や土がついたような状態で仕事をするため、移動や運搬のたびに身ぎれいにすることが難しく、しばらく掃除をしないとすぐにこのような状態になる。最初こそある程度綺麗に掃除をしてもみるが、あまりにも汚れるスピードが早すぎてそのうち諦めてしまった。

 

このトラックの買い替えを事実上決意したのは左の写真の状態になってしまったときである。トラックのあおりを支えている蝶番が後部には3箇所ほどあるのだが、そのうち真ん中の蝶番は早々に下地に穴があいて気が付いたらなくなっていた。

 

それだけならなんとかなっていたのだが、最終的には後ろから見て左側の蝶番も壊れてしまったため限界を悟ったような感じだ。2つの蝶番が壊れることであおりを閉じているとき以外はブラブラの状態になってしまい、放っておくと右の蝶番も支えきれずに壊れて終了になっていただろう。

 

ただ、諸事情もあってすぐには替えの車が用意できなかったため、新しいものが見つかるまでは右の写真のような処置でなんとか生きながらえさせた。もともと台座の部分が劣化して穴があいていたりしたため、そこにインシュロックを回して固定。

 

これだけでは当然信じるに足らない弱さなのだが、このあおりを常に開かないよう閉じていればひとまず原型を保つことができる。ただ、農作業をしているとどうしてもこの部分ですら開く必要が出てきたりし、まさにギリギリのところで使用に耐えてくれていたと思う。

 

他の部分ではブレーキランプが挙げられる。この車を購入して2〜3年が過ぎたくらいからちょこちょここの左側のランプが点かなくなる現象が起こり始めた。ランプを替えて点くようになることもあれば、時間が経てばまた消えるという感じだ。

 

調べてみると、ランプのソケット自体が接触不良を起こしており、しかも形状も特殊で買い替え、付け替えしか選択肢がないような感じになっていた。通常であれば迷わず修理に出すのだが、この車は常に廃車を意識しながら乗っていたため無駄な出費を避けたく、自分で無理やりハンダ付けをして応急処置をするという形をとっていた。

 

ハンダ付けは強度が弱く、振動などでしばらくしたらまた接触不良になり、その対応を延々繰り返しながら最後までしのぎ切る。

 

あおりが壊れて以降は買い替えすることに決め、あとは新しい車が届くだけの状態になっていたが、その間にフロントのウィンカーランプのカバーを破損してしまった。これはビニールハウスでの作業をしていたとき、狭いところで重たい野菜カゴを台車で運んだときにバランスを崩して軽くぶつかってしまったときに割れたものだ。

 

あと1〜2カ月もすれば交換というタイミングだったので補修テープで割れたカバーをガチガチに固めて対応。これもなんとかしのぎ切った。

 

本体の頭の上も写真のようにベコベコにへこんでしまっている。これは本当に廃車のカウントダウンが始まったときのタイミングでビニールハウスの解体をする必要が生じ、そのときの作業でもう半ばやけっぱちで上に乗ったりした。

 

ビニールハウスの組み立てや解体などには、高い箇所の作業をするときに軽トラの荷台に脚立を立てたりして作業することがある。ただ、それを少しでも早く進めようと思ったときに、頭の上に乗って作業できれば効率が上がるのである。

 

かくして我が軽トラは満身創痍の状態で無事廃車の運びとなった。思えば5年半前に購入したとき(その時の記事はこちら)、すでに18万キロだった走行メーターは最終的には27万キロ弱ほどになっていた。本当にお疲れ様だったと思う。

 

最後の写真は代わりとなる新車だが、走行距離はまだ5万強といったところ。これはいつも我が家の車を全てお任せしている妻方の親戚筋の店で、妻が車の買い替えのために別の車を見に行ったときにたまたま置いてあったもの。

 

買い替えを強く意識していたときの運命的な出会いだったこともあり、なにげなしに値段を確認してみると、親戚代金で走り出し30万円という破格値だったため即決で購入を決めた。これが良縁となればいいが。

続きを読む≫ 2022/11/29 19:51:29

しばらく更新が開いてしまった。記事ネタがたまってきているのでドシドシ報告していこうと思っている。

 

今回は、四国までブラリとドライブしてきたときの話。四国ともなるとこれまではそう簡単に足を延ばす気にはならなかったのだが、中国地方に関してはある程度行きつくした感もあり、ほとんど衝動的に目的もなしに出発した。

 

道中で適当に現地情報を集めながら発見したところに足を向けるゆるい旅の予定だったが、行ってみたい候補が5つほど見つかったため結局かなり急ぎ足の日帰り旅程となってしまう。

 

その中で、現地アポでそのまま体験できた吹きガラスについて紹介することにした。念願の一戸建て住まいも落着いてくると、次は身の回り品も自作品で埋めたくなってくるらしい。陶芸やガラス加工、鉄の溶接などいつかは手を出してみたいと思っている。

 

今回工房で挑戦するのは大きめのコップ制作で、冒頭の写真はまず最初に棒につけた材料に模様となる色の成分をつけているところだ。この工房では選べる色がかなり多く、まず最初にここで悩むことになったが赤みのある色に決定。

 

色をつけたら次の工程に入る。まず最初の注意点として、吹きガラスを作るときはこの棒を絶えずクルクルと回しておかなければならない。ドロドロに熱されたガラスが重力で垂れてしまうのを防ぐためである。

 

着色作業後、少しだけ棒の先端から吹いてガラスを膨らませたのだが、写真のように棒を置く台のようなものがあってクルクル回しやすいような感じになっている。最初のうちはこの台の上に置いて回しながら炉の中に入れて少しずつ吹いて膨らませていった。

 

吹き作業を何度か繰り返してから次は棒を椅子の手すりの上に置いての作業に切り替わる。その間もクルクル回すのを止められずなかなか難しいと感じた。左の写真は少し吹いて軽く膨らませた後、厚く重ねて濡らした新聞紙で急冷させているところ。

 

その後再度熱して息を吹いたら基本の形が出来上がる。なぜ一度急冷させるのかやっているときは必死で疑問すら湧かなかったが、後で調べてみるとコップを作るときはガラスに層を作る必要があるらしい。冷やして熱して膨らませれば2層構造のガラスコップになっているとのこと。

 

一つ一つの作業を噛みしめる間もなく作業は次から次へと否応なく進んでいく。その間も棒をクルクル回し続けているのだが、あまりにもやることが目まぐるしすぎて頭がついていかない。

 

写真で見てもらいたいが、ガラスのおしりの方がなにやらひび割れているように見えるだろうか?これは2層目を膨らませて次の工程に入る前に熱されたコップをバケツに入った水に浸けてわざとひび割れのような模様を作ったもの。

 

その後ガラスの底を木の板を押し当てて真っすぐに造形し、そこまでやってから切り離しにかかっているのがこの写真である。こういう説明が最初にあるとその場での理解がしやすかったのだろうが、そういったものもなくめくるめく作業が進む。

 

これも後から知ったのだが、まず最初にコップの飲み口側が棒にくっついている状態だったようで、この写真の工程で今度は底のほうに別の棒をくっつけてこれまで吹き棒がついていた方を切り落としている場面である。

 

色々と手早く作業が進んで頭が回らなかったのはだいたいここまでで、左の写真の作業あたりから少しずつ余裕ができてくる。これは熱したガラスの飲み口を拡げている工程で、これをどのくらい拡げるかで大きさが決まる。

 

吹きガラスをやる前の私のイメージでは、ガラスを吹くシーンが最もハイライトのような気がしていたのだが、やってわかったことは吹く作業はほんの少しだけであっという間に終わりほとんど印象に残っていない。

 

実はこの写真の工程こそがこのコップ作りのハイライトであろうと思う。グニャグニャの飴のようなガラスの感覚を鉄の器具を通して感じ、いかにもガラスを自分の思うように加工している気分になった。

 

そんな感じでようやくコップの造形は完成をみる。柄にもなく記念撮影をし、体験はここで終了だ。ここまでのレポートで察した方もいるかもしれないが、今回私が訪れた工房では事前の説明を一切されておらず、工程のたびに都度足早に説明され、オタオタしながら必死で頭を働かせてあまり楽しむ余裕がなかったように思う。

 

やり方は工房によって違うかもしれないが、作りたいものの大体の工程は事前に予習しておくに越したことはないと感じた今日この頃である。

 

素人の作業はそこで終わり、最後は職人の方が棒とガラスを切り離す作業を興味深く拝見した。棒とガラスがくっついた状態で、棒のほうをコンコンと細かく叩くとガラスがポロっととれるような感じで分離された。

 

写真はその後に底の部分をバーナーで熱しているところで、これによって切り離したところが鋭利になっていたりするのを馴らしているらしい(あとで調べて知った)。

 

体験は夫婦で行って職人とマンツーマンで一人ずつ行ったのだが、2人が終わった時点で40分程度しか経っていないほどのスピーディさだった。

 

出来上がりが届いたのは一週間後で、私個人的にはかなり気に入っている。隣にあるのは妻が作った水差しで、こちらは下のほうに気泡を入れたり差し口の形がついたりしている。どっちも個性が出ているようで面白い。

 

これをきっかけに今後の趣味などに繋げていければというところで今回は終了にする。

続きを読む≫ 2022/11/25 21:07:25

前回のブログで我が家のパソコンが壊れていた話をしたが、今回の記事はちょうどそのくらいの時期に行ってきたイベントについてまとめてみた。約1カ月も近いほど前のことなので、知っている人がいたら今更な感じがするかもしれない。

 

そのイベントというのは私がこの安芸高田市に移住したときにはまだ現役で使用されていた小学校で開催されているもので、趣のある木造校舎を残したいというプロジェクトのもと、有志によって運営されているようだ。

 

このブログを始めてまだ間もない頃、市内にある向原という場所でアート祭りなるものが開催されていることに触れた(そのときの記事はこちら)ことがある。このあたり独特なものなのか筆者は知らないが、田舎を盛り上げようとイベントをするときに「アート祭り」と銘打っていることが多い。

 

こういうイベントではメインとなるような催し物はもちろん、バザーや出店なども数多く参加しており、また田舎ならではかもしれないが公共の出し物(今回では消防車が出動して子供たちにホースで水を噴射してもらうようなゲームをしたり)もあったりする。

 

とかく娯楽の少ない田舎においてこういう催し物は人気があるようで、それなりに賑わってはいるのだがかといって都会での催し物ほど人で溢れかえっていたりすることもなく、適度な混雑ぶりで楽しめるのでオススメしたい。

 

私はといえば、多少の出店ひやかしもあるがやはり一番気になるのは木造校舎であり、今回はそのことについてメインにレポートしていこうと思う。

 

この小学校は安芸高田市の郷野(ごうの)地区にある小学校で、そのまま郷野小学校という。調べてみると、どうやら廃校になった当時で日本全国で2番目に古い校舎であったらしく、それが現役のまま今日に至っていることは素晴らしいの一言である。

 

国内で今も現役で使われている木造校舎の数は30に満たない上、年々廃校などで減ってきている状況らしい。私は国内旅行をすることが多く、行く先々で色んな古い建物を見ることを趣味としている。

 

そういう人間からすると、やはり古い建物の価値というものは「現役で使われていてこそ」という気がしている。文化財や見学のみの建物よりも、実際に稼働しているということへの感動は筆舌に尽くしがたい。

 

そういう点で最近廃校になってしまったのは残念だが、こういうイベントなどでも門戸を開けて人を入れ実際に使っていくことで現役感を維持していくことはとても意義あることのように思える。

 

自分自身の歴史を振り返ってみると、小学校2年生の途中までは木造校舎で学んでいたことを思い出す。その母校の木造校舎は残念ながら在学中に取り壊され、コンクリートの新築に生まれ変わったが、新しいほうの校舎には全く思い入れを感じないのは変なバイアスがかかっているだけとは言い切れないものだと思う。

 

私の出身校は都会にある全校生徒が1200人を超えるようなマンモス校だったので、大きさの点からも木造校舎であり続けることは無理だったであろう。ここ郷野小学校がこの形態を維持できた理由の一つには全校生徒数が少なかったということもあると勝手に理解している。

 

しかしこの趣はどうであろう。右の写真と上の写真は階段を上る前と上ったところを撮ったものだが、こんな階段であれば上り下りするのも楽しくてしょうがないではないか。木造の大型施設の材料を現代で集めて同じものを造るとしたら途方もない金額になる。それだけに是非とも残し続けてもらいたい。

 

イベント自体の話に戻るが、2階建て校舎の各教室では左の写真のように出店している人たちで占められ、なかなかの賑わいだった。田舎ならではの薪ストーブの制作販売などのブースもあり、見るだけでも十分に楽しめる。

 

こういう形でイベントが成立するぐらいであれば、いっそのことショッピングモールのようにして常時人が出入りするスタイルにするのは難しいだろうか?言うは易しなのかもしれないが、そんなことを妄想してみたりした。

 

現代っ子がどうかは知らないが、私が学生時代のころにはこういう学校に据え付けてある水道設備から直接水を飲んだりしたものである。中学、高校にもなると部活動なども活発になり、大汗をかいた後でこういった水道水を飲むときが最も幸せな瞬間だったりした。

 

この写真の構造をみてもそのときと同様、水栓(蛇口)が360度回転するタイプのやつで、この下向きのやつを上に180度ひっくり返してそこから直接水を飲むのは同時代のほぼ全ての生徒がやっていたことのように思う。

 

校舎めぐりで最後に回ったのは図書室だった。今回のブログでは掲載しないがこの図書室、かなり広い畳の間になっていてこれも独特な雰囲気があった。最後の写真はその図書室の傍らで発見したかなり懐かしいアイテムである。

 

これはひょっとしたら地方によってあるないが別れてしまうモノかもしれないが、我々の地方ではこれを「代本板(だいほんばん)」と呼び、図書室で本を借りるときに本を抜いた位置がわかるようにこの木の板と差し替えるようなシステムになっていた。

 

地域によってはこの代本板は生徒各個人に配られ、背の部分に名前のシールを貼って使っていたところもあるようだが、私の母校ではここの小学校と同じで図書室に置いてある板を位置の目安のためだけに使っていたと思う。

 

今回、この場所でこれを目にするまで代本板という名前やその存在などまるで頭の中になく、およそ35年ぶりくらいに存在を意識することになった。あまりにも急に出会った懐かしさのため、名前がすぐに思い出せず、ネット検索で確認することになったのは言うまでもない。

 

来年も開催すると思われ、興味のある方は参加を検討されてはいかがだろう。

 

続きを読む≫ 2022/11/19 13:43:19

全く予想だにしていなかった事態が起きてしまった。

 

前回のブログから一か月以上が過ぎてしまっているが、これは私の怠慢ではなく、PCの故障によるものである。記事を更新しようとしていた矢先、突然パソコンが立ち上がらなくなるというアクシデントがあり、その対応に追われていた。

 

パソコンの状態からハードディスクやマザーボードの故障も考えられたため、一度ハードディスクの確認をし、無事であったため必要なデータを抜き出す作業を試み、それに数日を要した後に本体を修理に出す。

 

結果的にマザーボードの故障とわかり、型番が古すぎるため対応できるボードがなく、新しいボードに替えると他のパーツまで交換せざるを得ず、都合10万以上の見積が出てしまったため修理を諦めて本体の買い替えを実施。

 

幸いハードディスクが生きていたため過去の貴重なデータ類を失うことは一切なかったが、折り悪くブログ関係のバックアップを全くとっていなかったためハードディスクが死んでいたら全ての記録とお別れするところであった。

 

これに懲りてすぐにバックアップをとったり、新品のPCに使用するソフトやアプリを再インストールし、データ類も必要なものをインポートしたりで時間がかかってしまい、かつOSもWindows10から11に変わったためなかなか馴染めず、色々とかき乱されたりでようやく今回記事の更新をするに至る。

 

実はこのPC環境が復旧する間なにもしていなかったわけではなく、アップできそうな作業やネタはかなりストックできているため、トラブルがこれ以上なければ更新が滞ることはしばらくなさそうだ。

 

さて、今回はトラブルがあったという報告を簡潔に済ませようという意図が強く、ちゃんとした更新は次回以降のことにする。ただ、冒頭の写真は実はかなり前にアップし損ねていたもので、今後の更新内容にも繋がってくるため載せておくことにした。

 

私が家を購入したときに記念植樹しておいた梅でこれまでも何度か記事にしてきているが、見たとおり今年の台風未遂の日(もうだいぶ前のことになる)に根元から倒れてしまった。

 

倒れたとはいえ、折れたり枯れたりしているわけではないため、再び立ち上げて周囲の土を固めておけば問題ないのだが、この梅は最初に植えたときから植樹位置を仮のものとしていて、これ以上大きくなってしまう前に移植を行うつもりにしている。

 

あとは最近あった季節柄な出来事を少し。右の写真は少し前にかなり話題になっていた皆既月食を撮ったもの。我が家からは勝手口を出て川を挟んだ位置に絶好の状態で見ることができたが、この写真は地球の影が月に完全に重なる少し前の状態だ。

 

時間を置いて完全に重なった状態のものを撮ろうと思っていたのだが、暗くて画像として映えないのと、じっくり撮るには寒すぎたため載せるに足る写真がなくこちらを載せてみた。普通に暮らしている分には滅多に使うことのないカメラの望遠レンズを使う貴重な機会となった。

 

望遠レンズつながりということもあり、こちらの写真も載せておく。この鳥は冬が近くなると日本に渡ってくるジョウビタキという鳥で、ここ1週間くらい前から我が家の庭をナワバリにして居ついてしまっている。

 

これまで毎年ツバメが来るということはあったのだが、それ以外の渡り鳥が居ついてしまったのは初めてのことだ。実はこれは我が家の庭の木をかなり処分して空間が広くなり(後日ブログとして報告する予定)、庭の見通しが良くなったことで発見することができた。

 

私は仕事に出る時間が早いため気づかなかったのだが、朝イチバンの時間に母屋の寝室の外にある物置の上に陣取り、採光のためにカーテンを開けるとガラスサッシに映った自分の姿をナワバリに侵入した他のオスと勘違いし、ガラスに攻撃を仕掛けてくることを延々続けているようで、私が帰宅した頃にはガラスが鳥の足跡とフンだらけになってしまっていたりする。

 

朝は寝室側だが、時間の経過とともにリビング側の木(紅葉)に移るルーティンで毎日我が家のガラスに向かって飽くことなく攻撃を繰り返し続けている。私はといえば、汚れたガラスは高圧洗浄機でいくらでも綺麗にできるため、そのまま観察を続けている次第である。

 

写真のように後ろから見ると羽のところに白い班があり、定期的に尾を振る仕草をするのが可愛らしい鳥だ。ジョウビタキという名前が覚えにくいかもしれないが、ジョウという名前のヒタキ科の鳥という覚え方をするといいかもしれない。

 

ジョウというのは漢字で「尉」と書き、銀髪を意味するらしい。ヒタキ類は「火焚」ということで火打石を叩くときに出るような音(声)で鳴くことからこの名前がついているようだ。

 

こんな感じで、今の家に住んでからはこれまで目に留まらなかった部分で大きな発見があり、季節の移り変わりを愉しむことができている。ここから長い冬が始まっていくだろう。

続きを読む≫ 2022/11/18 20:37:18

久々の更新から勢いを落とさないよう適度な間隔で更新を狙っていきたいところだが、いかんせんメインコンテンツであるDIYのほうがあまり進んでいないためしばらくはその他の分野での更新となる。

 

前回の記事ではこの春あたりの出来事をお伝えするのに終始した。今回はその流れのままこの夏にあったことを報告させていただこう。

 

昨年の豪雨災害で我が集落の川周りはズタズタにされたことはすでに何度かの記事でお伝えできているだろう。その中でも最も私が危惧していたことがホタルとオオサンショウウオについてである。

 

災害以前のことを言うと、普段の目線で川を見下ろしたときにはどこからでも必ずといっていいほどカワニナが目に入っていた。これはホタルが幼虫であるときにエサとなる巻貝の一種で、ホタル密度のパロメータとなるようなもの。

 

それが目に入ってこないことから今年のホタルは壊滅状態にならなければいいが、という心配をしていたのが大前提となっている。答えは冒頭の写真でもわかる通り、今年も我々の目を楽しませてくれた。

 

数としては去年までの半分以下にはなっているが、全滅でなければまだ望みはあろう。問題は、去年のような災害級の豪雨が毎年のように起こってしまわないかということで、もしそうなってしまうとこの集落のようなささやかな自然などは簡単に壊滅させられてしまうだろう。

 

それと同様にオオサンショウウオもまだかろうじて存在を確認できた。これまでは毎年初夏あたりになってくると住処となっているブロックの下から出てきていたのだが、去年の豪雨によってブロックのスキマの大部分が小砂利で埋め尽くされたためか、出現頻度は激減してしまった。

 

我が家のすぐ下の住処は去年同時に4匹の個体を見ることができたが、恐らくその大部分は流されてしまい、少し下流の去年までは出現が確認できなかったスポットで頻繁に見られるようになるなどの変化がみられる。

 

右の写真は我が家の下のブロックの隙間から辛うじて姿が確認できたときに写真に収めたもの。あまり人前に姿を晒してはくれなかったが、生存が確認できただけでかなりホッとしている次第だ。

 

さて、ここまでが初夏あたりの出来事で、ここあたりから集落は稲作の準備が始まる。そうなるとこういう田園地帯というのはどこからともなく現れた左の写真のものに埋め尽くされてしまう。

 

ご存知、アマガエルである。周囲を田んぼに囲まれるということは、田植えの季節には大合唱が始まるということとイコールであり、これも貴重な風物詩といえる。カエルが出ればそれを捕食するヘビも多く見るのがこの時期なのだが、どういうわけか今年はヘビをあまり見なかった。

 

そのカエルの生態だが、右の写真を見て最初のカエルとこのカエルが全く同種だと思う人がどれほどいるだろうか。アマガエルというのは環境やその他の状況によって体色を変える動物で、その体の小ささもあいまってかなり可愛らしい。

 

右や上の写真のやつは我が家の勝手口外側に設置した水槽の定位置で終日じっとして過ごしており、夜になって水槽の光に群がってきた小虫を食べるためにずっと場所取りをしている我慢強い性格だったりする。

 

つまり、我が家にとってはうるさい小虫を食べてくれるありがたい奴で、人間が触ったりしてもさほど恐れず逃げもしない姿を見ると束の間の家族のようにも思える貴重な存在であり、毎年この時期の愉しみの一つとなる。

 

そして次は田舎ならではの怖い話。一昨年のDIYブログで母屋の屋根裏に作られたスズメバチの巣の話をしたように思う(そのときの記事はこちら)私自身、運悪く頭を刺されてしまい駆除をした経緯があったのだが、今年もなんと腕を刺されるというアクシデントがあった。

 

通常、スズメバチには2回目に刺されるとアナフィラキシーショックが出る可能性があると言われ、最悪死に至るケースもあると聞く。だからこそ、一昨年のことがあって以来、ハチの巣作りを決して許さないと屋根裏に入るスペースを全て潰していたはずだった。

 

そこまでしたのに、なんと今年は土壁とトタン張りの間のスペースに出入りしている奴らを発見。ただこの時点ではさほど重要視せず、成り行きに任せてしまったところがあった。というのも、これまでDIYを経験してきた中で、土壁と化粧板との間などにはかなりの数のハチの子育ての痕跡をみてきたからだ。

 

それら目にしたもの全ては繭の状態のまま狭い範囲内に散らばっていた状態であり、大きな巣を作っているとは言えない感じでつまり育ったらすぐに離れるか、若しくは育つ前に暑さにやられてしまうかのどちらかだろうとタカを括ってしまっていたのである。

 

それがハチの出入りを確認して1カ月、2カ月と経つうちに出入りするハチの数が看過できないほどになってきていて、駆除方法を検討して材料を揃えた直後くらいに刺されてしまったという不運さであった。

 

今回試してみた駆除方法というのは左の写真のものだが、これはネズミ捕り用の粘着板を出入口に設置したものである。出入口がどうなっているかは板が貼ってある少し上の方のスキマを見てもらえればなんとなくわかるだろう。

 

要は、柱に打ったトタンの見切り材との間にくぼみのようなスペースがあることが問題で、これは新品の柱ではなく中古のものを使っているため必要のない仕口が彫られてある状態になってしまっていて、そのくぼみから内側に向けてハチがちょうど出入りできるスペースになってしまっていたということ。

 

これはリフォームをするにあたってかなり参考になる知識であり、こういう意味のないスペースは絶対に作ってはならないというお手本のような状態になっていた。

 

そのネズミ捕りを粘着面から見た写真が右のもので、柱のくぼみから出入りするハチが避けては通れない絶妙な位置に設置できているのが分かってもらえれば幸いだ。

 

とは言っても、近づくだけでも刺されてしまった状態であり、日中は常にここの出入口に2〜3匹のハチが巡回しているような恰好だったため、活動が大人しくなる夜遅い時間に一瞬で設置作業を済ませてしまっている。

 

写真では3匹程度がまばらにくっついているように見えるが、これの効果は絶大で、予想以上の成果を上げることができた。

 

その一日の成果が左の写真。上の写真は私が仕事に出発する朝5時過ぎに撮ったものでまだ活動し始めというところだが、こちらの写真は帰宅後16時頃撮ったものである。

 

写真ではわかりにくいかもしれないが、大小合わせて50近い死骸が転がっている。中にはまだもがき苦しんでいる個体もあり、この方法がいかに効果的かはこれで一目瞭然だと思う。

 

可能性の話をすれば、くぼみから出入りするハチが必ずこの板に触れるというわけではないが、好奇心などからか?自分から進んでこの粘着に止まっていく個体がかなり多い。さらに、すでに捕まって板の上でもがいている仲間につられてひっかかるものもいる。

 

一度でも粘着に触れるともう彼らの人生は終了となる。粘着がとれずに脚でもがくうちにどんどん粘着がつく範囲が広がり、さらにそこに仲間も巻き込んで個々の体すら粘着でつながり、連鎖した状態になっていく。

 

一匹でもがいているうちはどんだけ羽ばたいても外れることがないが、数匹がダンゴになってもがいているうちに集団の重みで落ちてしまう。それの積み重ねがこの写真ということになる。

 

この記事を書いているのはこの写真撮影後1週間以上経過しているが、昨日あたりまで毎日数匹新しいのが出てきては引っ掛かり、死骸の数を増やしていた。昨日あたりからようやく新たな被害者が出ていないということは、ほとんど完全駆除に近い形になっているのだろう。

 

今回のように出入口がほぼ一カ所に確定しているという条件付きではあるが、コスパを考えたときにこれ以上の方法はないと断言できる。ネズミ捕りスゲエ。

 

最後は一つ残念なお知らせで締めくくろうと思う。これまで我が家から出た廃材などを全て仮置きしてきたハデ小屋だが、度重なる豪雨と今回の台風でご覧のような状態にあいなってしまった。

 

長年風雪に耐えてきたであろう骨格はまだ充分使用に耐えうる状態をキープしているが、屋根が壊れたところから一気に倒壊が始まってしまった。修理して再利用するかどうか悩んだのだが、古い材は一度全て燃やして本当に必要であれば一から作り直そうと決断。

 

やはり建物は屋根から倒壊への道が始まるのだということがよくわかり、いい経験となった。

続きを読む≫ 2022/09/18 20:51:18

過去最高、といえるほど未更新の期間が続いてしまった。

 

実は今季夏前あたりから体の調子を崩してしまっていて、天候があまりに暑すぎたのもあってこのブログのメイン項目であるDIYがほとんど進んでいない。とはいえ、DIY以外にも更新できる記事はいくつかあったのだが、体が悲鳴をあげていたため自身に対して休養を与えていた次第である。

 

体調を崩していた流れとして、去年コロナ対策のワクチンを打ったとき約2カ月間の体調不良が出たということもあり、ここしばらく胃の具合が悪かったため本気で癌などの可能性を疑ってしまっていた。だが、結果的には「萎縮性胃炎」というもので、ほっとした気分の方が大きい。

 

この期間更新がないことで心配してくれた方やメールなどをいただけたことはありがたく思っていて、これからは少しでも更新できるようにしていく所存であるのであまり期待せずにご覧いただければと思う。

 

さて、今回復帰第一弾に相応しくはないかもしれないが、今回の主題は「春」というものについてでいかせていただこうと思う。あまりにも季節外れだが、実はこの記事は前回アップしている5/30付の古民家ブログよりも前にアップするはずだったものだ。

 

この春から夏にかけては私の生活周りでもそこそこ取り上げておきたい出来事があったのだが、それらの中から自分なりに抜粋したものをピックアップして2回にわたってアップしていく。

 

まずは冒頭の写真、言わずと知れたヘビの抜け殻である。ただこの抜け殻、私が過去に見つけた中でも一番綺麗な状態だったため思わず撮ったもの。シマヘビという種類の抜け殻だが、頭から尻尾の先まで完全に中身の形がわかる。写真でもしっかり目までわかるものを載せてみた。

 

それから右の写真はもう毎度のことになっているかもしれないが、我が家の購入記念に植樹した梅の木で、今季一気に伸びて自分の身長をはるかに超えるくらいになってしまっている。

 

植えている場所があまり良くないため可能な大きさのうちに移植をしておきたいのだが、なかなか重い腰を動かすことができずこのままになってしまっている。過去に仕事で移植作業をしたことがあるが、失敗して枯らしてしまうことが怖い気持ちもあったりし、もうちょっと勉強が必要かもしれない。

 

枯らすことが怖いという気持ちは左の写真の状態を見てからより強くなってしまった。今年、ようやく綺麗な実をつけてくれたのだ。とはいっても全部で7粒ほどだったが、全て綺麗な状態でできており、かなり嬉しい。

 

あまりにも嬉しすぎてさっそく当初の目的であった梅シロップを作ってしまった。出来ればこのブログでそれを作る過程などアップすれば良かったのだが、全く写真を撮っておらず断念せざるを得ないのが残念だ。

 

右の写真はもう一方の小梅のほうで、こちらは去年からそこそこ実が成っている。上に載せた写真の梅は「豊後」という種類のもので、まさに梅シロップを作りたくて植樹したものなのだが、こちらの小梅のほうは利用目的というものはなく、豊後に受粉させるための相棒として植えただけである。

 

つまり、梅の木というものは一本を植えただけで近くに別種の梅がなければ受粉というものができない。受粉ができなければ結実することもないという種類の木なのだそうだ。

 

ちなみに、この小梅の写真の中には一つ読者がギョッとするようなものが中央あたりにあることにお気づきかもしれない。実はこれはもう一方の梅の木にも同じようなのが存在する。

 

モズの早贄(はやにえ)という言葉をご存知だろうか。モズという鳥は食料を保存しておくのにこういう木の枝とかに獲物をひっかけておくことがある。実際にそのシーンを見たわけではないが、これをそのうち食べに戻ってくるのかそれともそのまま忘れ去られるのかは追ってレポートしたい。

 

お次はこちら。これは大半の方が恐怖とともに画像を見るのではないかと思う。これは家の中で見る中では最大のクモで、アシダカグモという。足が長くて動きが速く、ほとんどの方は受け付けないかもしれない生き物だが、実は益虫である。

 

割と古い家では雨の日などに侵入されやすいが、主食がゴキブリという有難いクモなのだ。ちなみにこのクモは他のものと違ってネットを張ることをせず徘徊性であり、あの素早いゴキブリよりもさらに動きが速く狙われたヤツはまず助からないほどのハンターだが、性格は臆病で自分より大きな人間などを襲うことは絶対にない。

 

別名「軍曹」と言われていて、これが一匹家にいると縄張り内のゴキブリは巣ごと半年以内に全滅するという神っぷりなのだが、いかんせん女性の支持者は皆無に等しく、我が妻も例外ではないため泣く泣く見つけ次第外に退場してもらっている。

 

全くそのつもりはなかったが、どうやら今回は一般の方には気持ち悪いものばかり紹介しているような気がしてきた。最後に紹介するものもそれに該当するかもしれない。

 

右の写真を見てわかる方はかなり釣りがお好きな方だろう。これは渓流釣りではよく使われる「オニチョロ」という川虫の一種だ。見た目は狂暴そうだが噛んだり引っ掻いたりといったことの全くない虫で、現地でこういうエサを取って釣りをすると魚の反応は驚くほど良い。

 

実はこのブログでは以前どこかでもこういう川虫を紹介しているのだが、この写真はそれらとは少し違っている。見たらわかるだろうが、この写真はオニチョロの抜け殻である。

 

そして最後の写真がその抜け殻のすぐそばにいたもので、これがオニチョロの成虫で「カワゲラ」というものだ。実はこの家を知ってからすでに4年近くが経とうとしているが、同じ川虫の成虫としてはカゲロウはよく見るものの、カワゲラを見ることはここまでほとんどなかった。

 

それが今年に入ってから急にカワゲラをかなり多く見るようになっている。そこで理由を考えてみる。

 

間違いない理由として挙げられるのは去年の豪雨による洪水である。こちらの記事でもレポートしたが、このときの洪水では我が集落の川という川がズタズタにされてしまっている。

 

あまりにも被害が大きく、かつてオオサンショウウオの主が住んでいたブロックは全て小砂利で埋め尽くされ、地上からも良く見えていたカワニナ(ホタルの幼虫のエサ)が全く見られておらず、うじゃうじゃいたカワムツやタカハヤの姿もほとんど見られていない。

 

つまり、水害以降、オニチョロを含む水棲昆虫を食べる魚が大幅に減少しているということが間違いなく言えるだろう。それに伴って今年はホタルやオオサンショウウオにも会えないのではないか、この時点では心配でしかなかった。

 

と、今回はここまで。主に春にアップする予定だったことをピックアップしたが、次回はこの夏あったことを上げようと思うので好きな方だけご覧いただければと思う。

続きを読む≫ 2022/09/14 20:15:14

もう一カ月以上も前のことであり今さら感が拭えないが、作家の野田知佑氏が永眠された。

 

かなり長いこと氏の書いたものに触れていなかったが、かつて私がまだ青年であったころの人生観やものの見方などの道標の一つであったと言える人で、この人の書いたものから受けた影響は私にとって小さくなかったと思っている。

 

今回、氏を追悼する意味でブログを書き始めているのだが、その流れで私がこれまでの人生において影響を受けた人物について触れてみようと思い立った。

 

大なり小なり影響を受けた人物というと紙面上書ききれないと思うため、野田氏にちなんで作家や文芸作品という括りの中で思い浮かぶものを挙げてみようと思う。

 

まずは野田知佑氏について。私が氏の文章を初めて目にしたのは中学時代に手にした雑誌「ビーパル」の中でのことだ。当時からアウトドアに対する興味が強かった私にとって、こういう旅の専門家のような人がいることが大きな驚きであったと記憶している。

 

高校生になって活動範囲が拡がると積極的にキャンプやプチ旅みたいなことをやるようになったのだが、そういうときに最初に導入する知識のかなりの部分をこういうところから仕入れてきた。

 

私の大きな趣味の一つである川での遊びや淡水魚についてもそうで、興味をもってのめり込むようになったキッカケの一つに野田氏の「川ガキ」に関する考え方の影響もあるのは間違いのないことだ。

 

野田氏は「川」というものに対してのスペシャリストであり、その知見は私などの到底及ぶものではないだろうが、私も含め川というものを愛してやまない人種の先頭に立って活動を続けておられた。

 

昨今、川遊びに対しては危険視する論調のほうが強い世の中になっている。今年に入ってからもすでに若い人が川遊び中に溺死するという痛ましい事故が起きており、今後ますますその傾向に拍車がかかっていく一方であろう。

 

氏はそんな時代の流れに抗って、川をいたずらに危険な存在に至らしめないよう様々な提言や警鐘を鳴らし続けたオピニオンリーダーであり、貴重な存在であった。エピソードや書きたいことを書いていくといくらでも書けそうな気がするため、氏についてはこのへんで筆を置かせていただこうと思う。

 

次は、それらとほぼ同時期に私が大きく影響を受けた作家について触れてみたい。モリエールという名前を聞いたことがあるだろうか。作家というよりは劇作家といったほうが正しいかもしれない。

 

フランス文学を語るときには避けて通れないほどの巨匠であり、代表作は「人間嫌い」という劇で、私個人的にもそれが一番濃い影響を受けた作品である。

 

誤解を恐れずいうと、影響を受けたというよりは、作品の中の演者の台詞などに当時の私個人として同調出来る部分があまりにも多かったことに驚愕したという感覚に近い。少々おこがましい言い方になるが、周囲からちょっとした変人扱いを受けていた私にとってショックを受けるほど共感できた人生で唯一無二の作品であった。

 

フランスでは今でもこれら中世の時代に作られた劇が繰り返し演じられており、かつ人気も博しているなど、市民に当然のように浸透している作品といえるのではないかと思う。

 

実は私は大学のときの第二外国語としてフランス語を専攻しているのだが、それは全てここらへんが原因であるといえる。幸か不幸かそちらのほうに進路を進むことにはならなかったが、あわよくばフランス座という現地の劇場でフランス語で演じられているこれらの作品を観るという夢をもった時期があったのはいい思い出である。

 

もし興味を持たれた方がいれば先述「人間嫌い」「守銭奴」「ドンジュアン」などを読んでみてはとお勧めしたい。また、モリエール以外でもフランス文学には面白い劇が多く、代表例でいえばエドモン・ロスタン伯「シラノ・ド・ベルジュラック」などもいい作品だ。

 

これらは人間の根本となる考え方や生き方、哲学などを考えさせられる内容のものが多く、作品によっては読むたびに違う視点の考えも芽生えたりして私の思考をより多様化してくれたものである。

 

ちなみに、私は世界を含めた俳優・女優の中でソフィーマルソーが最も好きなのだが、後付けで色々と考えてみれば、彼女の出演する作品に「スチューデント」「女優マルキーズ」など前出のモリエールがらみのものが多いことも理由になっているのかもしれない。

 

などなど、もっと挙げていきたいところだが、あまり紙面が伸びても冗長になりそうなので涙をのんで終わることにしよう。

 

続きを読む≫ 2022/05/22 18:25:22

一足遅いかもしれないが、今年もようやく寒い時期が過ぎて春の訪れをひしひしと感じている。前回の古民家ブログから約1カ月の間が開いてしまっているが、今回は私個人の周辺についてのご報告をさせていただこうと思う。

 

冒頭の写真は我が家の裏庭に植えていた梅の木で、去年あたりから少しずつ開花がみられるようになってきた。過去のブログを確認してみるとこれは約3年くらい前に家購入と自身の誕生日にちなんで記念植樹したものだ。

 

実は当時植えていた木は3本だったのだが、そのうちの1本は完全に枯れてしまっている。今残っているのは小梅と豊後という違う種類のもので、写真のものはそのうちの豊後という品種である。

 

当時私の身長の半分ほどだった苗木が今では身長よりもはるかに高くなっていて、このままこの場所で育ったらこの裏庭の影面積が増えてしまいそうで、そろそろ移植を考える時期にさしかかっていたりする。

 

梅の次は桜だが、我が集落は比較的寒く今年も他の場所よりも遅い開花となってしまった。この桜は裏庭に置いたベンチからちょうど良く見える場所にあり、土地も全て自身のものになっているというプライベートロケーションなのだが、今年も枯れずに開花してくれた。

 

田舎暮らしをするまでは想像したこともなかったが、自分の敷地内に桜があるというのはやはりいいものだと思う。実は、これ以外にも家の至近の目立つ所に桜を植えようと考えたこともあったのだが、家屋に近すぎるとリスクがあるということも聞いたため思いとどまっている。

 

桜を家の敷地に植える場合のリスクというのは、まず根張りの問題、隣近所の日照権の問題、花びらや虫などが落ちてくる問題などがある。根張りの問題以外はほとんどがご近所問題であるため我が家には該当しないが、近代建築のようなしっかりした基礎を使っていない古民家などの場合、最悪基礎を破壊したり基礎の下からコンクリートごと浮き上がらせたりする可能性があるらしい。

 

この家を中心とした生活になって数年が過ぎたような気がしているが、実際に住みだしてからはようやく1年が経ったという程度だ。つまり、この家で生活しつつ冬を越したのは今年が初めてで、想像した通りの寒い冬だった。

 

この、寒さをしのぐという時期が本当に我慢の日々だったため、春の訪れが想像以上に嬉しく、動植物の気持ちが痛いほどわかったような気がする。あまりに春の陽気が気持ちよすぎて、つい右の写真のような見栄えの良い花の名所を訪れてみたりしている。

 

最後に、ひとつ重要なご報告を。

 

この1カ月の間更新ができていなかったのは何もサボっているからというだけではない。実はこの3月からこれまでやっていた農業の職場で正社員として働くことになった。写真は農園のもので、主に葉物の有機野菜を栽培している。

 

当初から言っていたことだが、家を購入してだいたい2年くらいリノベーションをして完成させてからそれなりの仕事に就くというプランでこれまでやってきて、概ね3年経ってしまったが母屋は8割方完成し、納屋のほうも半分くらい進捗している。

 

ということで、当初の目標はなんとかクリアしたと判断し、ここからは理想の夢追い人ではなく、ちゃんとまともに生活する人としての生き方が始まるということになりそうだ。

 

このブログもなんとかかんとか丸5年というひとつの節目を迎えているし、今後も続けていくことに変わりはないが、これまでのようにこまめに更新するのは難しくなりそうで、その点ご了承いただきたく思う。

 

実際、3月に入ってからのDIYは想定以上に進んでおらず、たまの休日にも箸休めと言いながらDIY以外のことをやっていたりすることもあってなかなか作業が捗っていない。

 

という感じで、外構も含めて全ての作業が完結するのは数年後くらい、という感じの長い目で見てもらえれば幸いだ。今年の最初に目標としていたように、古民家ブログ以外の項目も記事にしていきたく思っており、かつ今後の展望としては仕事と趣味を直結したような農林業ブログ的なものを始めることも検討していたりする。

 

どうなるかはわからないが、気長にお付き合いいただければと思います。

続きを読む≫ 2022/04/10 20:56:10

謹賀新年。

 

挨拶が遅くなってしまいましたが、簡単に近況報告と新年の所信を申し添えておきたく思います。

 

我が集落は写真のように年越で10センチ程度の雪が積もっていますが、住み始めて最初の冬で寒さにまだ慣れておらず、暖房を駆使しながらの冬ごもりとなっております。今年の寒波はまだ去年(至るところで上水道が凍結した)ほど強烈なものではないためなんとか凌げていますが、少しでも早くこの環境での最適な過ごし方を見つけるべく鋭意工夫をしていく所存です。

 

古民家ブログでも触れたことがあるかもしれませんが、リノベーションにあたって出来る限りの断熱対策は施してきたつもりでした。とは言ってもサッシをペアガラスにしたことと、壁塗りスキマを可能な限り塞いだことと、床に断熱材を敷き詰めた程度のことでした。

 

今思い返してみれば床断熱はキッチリ隙間のないような施工ができていない部分が多く、アルミサッシも周囲枠の隙間など発泡ウレタンを充填しきれていない箇所も多かったり、天井断熱は一切やっていなかったりと完全な仕事ができていないのが屋内の寒さに繋がっているような気がしています。

 

我が家は集落の中でも山側に位置し、朝日が入るのは最も早いのですが、夕方陽が翳るのが冬は14時くらいと屋内が温まる時間がごく限られてしまっています。そのため、晴れた日などは屋外よりも室内のほうが寒いこともあるほどで、暖房対策が欠かせません。

 

自分自身笑ってしまいますが、この新年に家電のセールで石油ストーブを2基購入し、なんと広島に越してから5基もの石油ストーブを追加購入したことになります。以前から所有していたものと合わせて6基が家の至るところに置いてある状況です。

 

昨年を振り返ってみると、このホームページのコンテンツのうち古民家ブログ以外がほとんど使われていないことに気付きました。もともと古民家ブログのために立ち上げたサイトではあったものの、古民家を購入してリノベーションに入れるようになるまで1年半ほどかかっており、その間は山渓流ブログや日淡ブログをこまめに更新していた頃を懐かしく感じ、今年はできればこれらのコンテンツもしっかり活用していければと考えております。

 

実際に去年更新した古民家ブログ以外のものは、その他に属している「水害レポ」と「買い物旅行レポ」、「DIYについての新コーナー」くらいのものでした。

 

今後の長期的見通しとしては、もちろんDIYをメインに進めていきながら、持山を使って何かをやっていきたいという思いがあります。左の写真は我が山の一つですが、こういう竹林もあるため、タケノコ獲りや竹を使って何かをクラフトすることもできそうです。

 

同じような景観の隣の敷地ではジメジメした位置環境を利用してシイタケ栽培をしていたりもするので、私もそれに倣ってやってみると面白いかもしれません。その他にも裏庭で畑作をしたりと、やりたいことは常に満載ですが、哀しいかな自分自身にまだそこまでの余裕がなくDIYに終始している感じで、ここはできれば挙げたもののうち一つくらいは手をつけていきたく思います。

 

最後に、今DIYで主に手をつけている納屋の外観を見て終わりにします。この納屋を気に入ったからこそこの家の購入に踏み切ったのですが、残念ながら現状こんな感じで納屋の全景を綺麗に見渡せる場所がありません。

 

全てのリノベーションが終了すると同時に右側にある倉庫は解体する予定にしていますが、ここにきて一つだけ予定が変更になったことがあります。写真のド中央に写っている木、これを当初は伐り倒してしまう予定だったのを中止することにしました。

 

理由は簡単で、木の種類を知ってしまったからです。当初、何も知らず価値も感じていなかったウドの大木でしたが、これが木の王様と言われるケヤキだと知ってから途端に切るのが惜しくなってしまいました。

 

ものすごい敷地面積のある家であればともかく、我が家程度の広くない敷地の家でこれほどのケヤキが植わっているというのは珍しいのではないかと勝手に思い、ただでさえ短い日照時間がさらに日陰を落とすのも厭わず、今後も自身とブログの成長を見守ってくれる守り神のようになってもらいたいと考えています。

 

つまらないことをグダグダと長い挨拶になりましたが、本年もどうぞよろしくお付き合いくださいませ。

続きを読む≫ 2022/01/05 20:49:05

この週末にちょっとした遠出をしてみた。そのときに色んなアイテムをゲットしたので合わせて報告しておこうと思う。我が中国地方には大山という富士山の小型バージョンともいえる山があり、紅葉の時期など人で賑わいをみせる。

 

私も久々に紅葉など楽しもうと思い出かけたのだが、思いつく場所に全て足を運んだため全ての報告は煩雑になりそうでやめておくことにする。今回散策の最後に立ち寄った倉吉が最も印象深かったので報告しておこうと思う。

 

まず、倉吉という街についてだが、恥ずかしながら私は隣県(鳥取)にありながらこの地域のことを全く知らなかった。中国地方で昔の風情を残す地域といえば倉敷が有名で、当然訪れた回数も1度や2度ではない。

 

それ以外では萩の街があり、どちらも広島からは片道数時間単位の遠い場所となる。広島県内でも歴史的な地域などはあるものの、古い建物がまとめて残っていて建物自体が観光に耐えうる地域という視点で見るとほとんど思い当たらない。

 

そんな中、この倉吉の町並は結論からいうとかなり好みの部類に入る。有名な街並になると、とかく観光客を意識しすぎた雰囲気になりがちで、あまりにも観光向けの店が多すぎて残念な気持ちになることがある。

 

その点、この街は店がやや少ないと感じるくらいのちょうど良さがあり、それでいて観光でもそこそこ賑わっている。冒頭の写真のような白壁土蔵群が結構な範囲で存在しており、こういうところでは定番の魚が棲む小川が建物を縫うように流れている。

 

私が主に訪れたのはそういう古い建物や地元の古民具屋などで、右の写真もそのうちの一つだ。こういう囲炉裏の間の構造は地域差などもみられ、見れば見るほど色んなアイデアにハッとさせられることが多い。

 

自分も古民家ブログの方で囲炉裏の間を作る計画を立てているだけに、こういう古いものを見るとつい細部の方に目がいってしまう。炉縁の形、炉の深さ、自在鈎の高さ、固定の仕方、火棚の存在の有無、などこの写真だけでパッとそんなことが頭に浮かぶ。

 

次に、左の写真は築260年くらいというこの地域で最古の建物についていた珍しい欄間である。何が珍しいかというと、この欄間、一枚板で出来ているということ。地位の高い人の豪邸やお城などであればともかく、一般の庶民の建物ではかなり珍しいと思われる。

 

私は最近、欄間というものに強い興味が出てきて、気軽に購入できる安価なものを常に探し続けている。欄間というのは和室では当たり前のように見られる装飾を施された板のことで、天井からの垂れ壁の部分に差し込まれているものだ。

 

欄間に興味が出始めてから以前このブログでも紹介した(そのときの記事はこちら)近所の古民具屋に求めにいこうとしたところ、かなり残念なことにそこの倉庫(建具含め500点くらいを収蔵する宝の山があった)が他社に売られていて、もうあの素晴らしい価格で購入することができなくなってしまった。

 

もっと早く気づいていれば、と強い後悔に襲われ中なのは言うまでもなく、それだけに各地の古民具屋やリサイクルショップを巡っては掘り出し物を探している。

 

さて、ここからはこの街でゲットしたアイテム達を紹介することにしよう。右の写真のものが何かわかるようであればかなりの囲炉裏好きであろうと思う。これは火箸と灰ならしというアイテムで、共に囲炉裏を使うのに欠くべからざるものである。

 

両方とも同じ古民具屋でゲットしたもので、火箸は中古の割には程度がかなり良く、武骨なデザインの火箸が多い中とても雰囲気のある装飾が施されていて一目惚れしてしまった。

 

灰ならしは新品なのだが、店主が過去に付き合いのあった職人に依頼して作ってもらったものだそうで、今は引退してもう手に入らないもののようだ。両方合わせて6000円ちょっとの値段。

 

そしてそれよりも私がこの店で一番嬉しかったのが左の商品と出会えたことだろう。比較的大きめの蔵戸で、何より状態が非常に良く、1万円の値段を聞いて即決で購入してしまった。

 

通常、ネットなどで買えばこの状態であれば数万円は下らない。こういうネット業者の仕入先ともいえる場所で、誰の手にもわたらずに自分との出会いを待っていた一品を買える瞬間というのは本当に嬉しいことと思っている

 

欠けていたり折れていたりする部分もなく、扉の下にはとても程度の良い木製の車輪が4輪ほどついていて、ハッキリ言って衝動買いというやつだが、どこかに使い道はあるだろう。それを考えるのもまた楽しいから仮に使える場所がなく無駄になっても後悔はない。

 

さて、お次はその蔵戸にかぶせたものだが、これが何かわかるだろうか?これは因州和紙と言えばわかる人はわかるだろう。ただ、これがかなり珍しいアイテムであるのはその大きさであり、何とサブロクサイズ(計ってみたら970×2000くらいあった)のものだ。

 

私は古建具を多数所持しているのだが、例えば板戸などの裏地は昔貼ってあった裏紙がほとんどボロボロの状態になっており、何かを貼って修繕する必要があった。そんな感じでフスマ紙を探したりしていたのだが、まさかこんなサイズの和紙に巡り合えるとは非常に幸運だった。

 

どうやらこの商品は因州和紙の古い職人が建築用に作成していたもののようで、今現在はもう最後の職人がいなくなってしまったのだとか。これを買った店は建築現場で余ったり残ったりしたものを都度足を運んで仕入れているようで、いつどんな商品がどれくらい手に入るか一切わからないそうだ。

 

そんな感じであるため商品としてはほとんど成立していないもののようで、値段が驚くほどに安い。由緒ある系統の和紙がサブロク判で1本880円の破格値であり、これを逃したら二度とないと思った私は店に取り置かれていたもの12枚(白5枚、鳥の子5枚、茶色2枚)を全て買い占めた。

 

まとめ買いということでさらに2割程度値引きしてくれ、計8500円強ほどでこれを購入できた。これで手持ちの建具全てをリペアできるし、本来ついていたフスマに貼り替えても見栄えがするかもしれないなど、夢が拡がる。

 

和紙は全てポスターのように丸めてあるので、使う前に反対巻きに丸めたりしてクセを取っておきたい。差し向きお試しで使ってみようと思っている茶色のものをサブロク板で挟んで数日置いてみているのが左の写真。

 

これまでは予備知識としてふすま紙の貼り方をチェックしてきたが、これだけの量の和紙が手に入ったからにはでんぷん糊かふ糊についても勉強しておかねばなるまい。やはりいい素材を使う以上、それを台無しにしない程度の方法は模索すべきであろう。

 

最後に、同じ安芸高田市でリノベーションをやっている知人邸でガレッジセールをやっていてゲットしたアイテムも紹介しておく。

 

その知人邸はこの夏の大雨災害(そのときの記事はこちら)で被災してしまった方の一人なのだが、リノベーションをして家が完成し、数年が経ったときに被災したことがキッカケで新しい生活のあり方を再構築しようと思い至ったそうだ。

 

主人が元建築家であったためか所持する調度品もかなりこだわった高級品などが多かったのだが、それらを全て格安で売り払っていて、私が駆けつけたときにはすでにほとんどのものが売れた後だった。

 

そんな中で目に留まったのが最後の写真のもので、見ての通り屋外床用のランプシェードである。周囲の素材が鉄で出来ていてかなりいい味のあるアイテムだが、これが2000円で出ていたため即決で購入した。

 

電気ソケット等がかなり古くなっていてそのままでは使えそうになく、少し手間をかける必要があるが、そのくらいの価値はある品物だと思う。こういう良いものを見つけたときにすぐに買って帰れる家があるというのは本当にいいものだと思う。

 

以前のようにマンション暮らしだったりするとまず置き場のことが頭に浮かび、ほとんどのものを購入断念しているに違いなく、そういう点でもストレス生活であった。これを読んだ方に少しでも共感していただければ幸いだ。

続きを読む≫ 2021/11/21 18:21:21

2021年8月に安芸高田市を襲った水害は想像のはるか上をいくものであったようだ。ここ数年、毎年のように「過去に経験したことのないような大雨」というフレーズを聞くが、今回のものは我が集落を襲った中でも過去最大のものだったと古老も言う。

 

しばらくこのページの本題である古民家ブログの更新が進んでいないが、軽い夏休みをもらっていたのに近いかもしれない。この間に私が何をしていたかというと、ひらすら魚獲りを繰り返していたことをはじめ、京都旅行、コロナワクチンでダウンしていたりとあまり古民家DIYが進んでいない。

 

ただ、今回の水害だけは記録的な意味も込めて簡単なレポを載せておこうと久々に筆をとった次第である。冒頭の写真はすでに雨が降り始めているところで、この時点ですでに水位が数十センチ上がっている状態だ。

 

レポのメインはこの写真のとおり、我が家のすぐ下を流れるO川という小渓流についてしようと思う。というか、今回の水害は被害が大きすぎて私自身この集落の外に出れなかったため、これしか残した記録がないのが実際のところ。

 

いきなりだが右の写真はそこから水位があっという間に上がったときの状態。これは13日の午前8時くらいの状態を撮ったもので、この日は朝の3時くらいから避難レベル4のエリアメールが鳴りっぱなしで、まず寝不足だったことは周辺全ての人にいえたことだと思う。

 

水が流れるときの「ゴーーッ」という音はもちろんのこと、数十秒毎に「ゴーーン」「ドーーン」という遠くで雷が落ちているような音が聞こえる。川底の大きい石が川床からはがされ、流され、大地や壁にぶつかるときの音だ。

 

ここまでの間なにもせず様子見していたわけではなく、水が溢れてくる直前までには避難するつもりでしっかりと準備を整えていた。恐らくこの集落内にいる限りは命の危険はかなり低いはずなのだが、安全に生活が行える場所(実家など)でやり過ごすのが最も賢い選択だと思っている手前、ある程度は早めに避難しようという心積もりだった。

 

そしてそこから30分経たないうちに今回の水害のピークを迎えることになる。左の写真は結果からいうと今回最も水位が上がったときを撮ったもので、橋を呑み込むまではいかなかったが所々水しぶきを上げて流木などが打ち上げられるくらいだった。

 

この写真ではわからないかもしれないが、川向うの隣家の裏庭にはもう川の水が直接浸水し始めており、避難をするならこのあたりだろうと夫婦で用意していた車に乗り込んだのもこのあたりである。

 

我が集落は山に囲まれた普段はのどかな山村といった風情なのがいいところだが、今回わかった欠点として、集落内にいる限り外部の様子が全くわからないということが挙げられる。

 

集落から外部に通じる道はT川という氾濫しやすい川に沿った道を通るしかないのだが、この時点ですでにその道は全て濁流に呑み込まれていた。半分は想像した通りと言えるが、想定外だった残りの半分は、山の高い側に進むことも出来なかった点だ。

 

右の写真は外部に通じる道のうち山を貫通したトンネルがある迂回路に通じている道だが、ここは私が避難しようとしたピーク時、写真にあるような土砂崩れが道路全面に拡がっていてとても通行できる状態ではなかった。

 

それ以外の道に冠水している濁流は直接川からのものもあれば、その反対側の山側から滝のように落ちてくるものや、側溝から溢れ出たものもかなりの割合を占めていた。そのため、登りをしようとした私の車はすぐに水深4〜50センチくらいの流れの中にいる形になり、全くタイヤが回らない瞬間もあったりという恐怖体験だった。こういうところこそ写真を残しておきたいものだが、あいにくその余裕は命と天秤にかけるほどのものではない。

 

すぐに外部避難は諦め、家で水位が上がるまで凌ぐという方向に切り替える。この集落には高台の開けた場所に神社があり、そこまでは車で行けるため命の心配はあまりしていなかったが、それは本当に最後の手段としたかった。ただし、いつでも確実に避難ができるよう、車はより一段高い道路上(自分たちしか通らない道)に待機させている。

 

結果的にこれ以降の降雨量が減ったため、このときが最大といえる状態だったが、集落内が落ち着いてからほぼ丸一日は外部への道は完全に遮断され、完全孤立状態になってしまっていた。停電が起きなかったのが何よりの幸いだったといえる。

 

だが、水位がある程度おさまった時に集落を見まわして愕然としたのが左の写真である。これは我が家から50メートルほど下ったところだが、川が道路を洗い流してそこに一緒についていたブロックがむき出しになっており、そこに頼りなさげに辛うじて電柱が踏ん張っている様子だ。

 

一日開けて周囲の道路が通れるようになり、中電工が様子を見に来ていたが、これをどうやって修復していくのだろう。そんなことより、もしこれが倒れたりしようものならどの範囲が停電になるのか、考えるのも恐ろしい。

 

また右の写真は以前、我が家を購入した時に記念植樹として植えていた(そのときの記事はこちら)梅の木だ。ここまで順調に育ってくれていたのだが、今回の大雨で倒れ込んでしまっていた。

 

折れていると思ってかなりガッカリしたが、実際は植えていたところの土が水でえぐり取られて支えがなく横に向いてしまった感じで、まだ死んだわけではないと思いたい。が、まだそこまでの確認もできず(草刈りをそろそろする予定のところだったし、雨も降っている)、ひとまずの応急処置として土をかけて踏み固めて直立させておいた。

 

さらに私を襲った不運が左の写真でわかるだろうか。水害ピーク時から丸2日が経ち、今後も続くであろう雨に備えて食料の買い出しにスーパーに寄ったときのものである。

 

このスーパーに辿り着くまでも通れる道を選びながらの道中でストレートに来れたわけではなかったが、ちょうど駐車場に入るかどうかというタイミングでやけにハンドルに力が伝わっていないような感覚に襲われた。

 

駐車場まではなんとかゆっくりつけれたため確認してみると写真の状態だったという感じで、わかりづらいかもしれないが、タイヤがこの写真の部分だけ外に向いて固定されてしまっている。

 

固定されているというより、ハンドルの動きを伝える軸になっているパーツがタイヤから外れてしまっていて、軸が反対側のタイヤにしかついていないため地面をひきずってしまっている状態だった。

 

どうやったらこんな状態になるのかわからないが、とにかくこの過酷な環境の中、出先でどうにもならない故障を余儀なくされるというありえない不運にみまわれるなんて、余程運がいいのだろうか。

 

非常にありがたいことに、いつもお世話になっている車屋さんが盆休み中であるにも関わらずすぐに駆けつけてくれ、代車を借りて後は全て任せることができた。こういう話は田舎ならではのことかもしれず、九死に一生を得た気持ちだ。

 

そして最後にだいぶ川の水位が下がった状態を載せて終わりにしよう。毎日この川を見ている身として、この状態はかなり違和感がありとても残念な気持ちになってしまう写真である。

 

以前のブログの中でこのアングルに近い状態で撮ったものがあるのでこちらと比較してみてほしい。前は川を一段上がった土手の部分が草の生えた土で形成されていたものが、今はほとんど洗い流され、この石垣を作った初期の状態がむき出しになっている。

 

自分自身、ここがこんな形だったとは思ってもいなかったが、雰囲気の良かった川の中の陸地(草が生えていたりして淡水魚や水生昆虫の住処になっていた)が全てごっそり削り取られるという悲惨なことになった。

 

今回の水害で私的に一番ショックだったのはこの点であり、今年はパッと見ただけで周囲に100以上の乱舞が見られたホタルも、これでは来年以降ほとんど壊滅状態になってしまうのではないかと心配せざるを得ない。

 

この草一本とて生えてない川を今後どうにかして元あったような状態に戻していくことができるだろうか。そんな活動もやっていければと思う。

続きを読む≫ 2021/08/15 20:15:15

久々の遠出である。古民家ブログのほうでずいぶん前に触れたことがあるが(そのときの記事はこちら)、洗面台の完成がいつまでも見えていないことを解消するため、滋賀県は甲賀市まで足を伸ばしてみることにした。

 

旅のメインとなるのは甲賀市の中でも信楽という地方で、ほぼ知らない人はいないほど陶器で有名な地域だ。ここに行くことを計画してからすでに半年以上が経過してしまっており、コロナ禍の中でそのタイミングをずっと見計らい続けてきた。

 

古民家ブログを読んでいただいている方はご存知かもしれないが、そろそろ我が家も人が住める状態に近づきつつあり、いい加減洗面台を完成させたくなったためGOTOキャンペーン中の間に勝負を決しようと思ったのが直接の理由となる。

 

今回、初めてキャンペーンを利用しそれに関する調べものも合わせてやってみたが、まず宿代が安いことに驚いた。宿は2名で2泊(妻帯)したのだが、支払いの総合計で15000円ほど(1万円を切るようなホテルも多くみかけた)で済んだ上、4000円分のクーポン券が付いてきた。

 

合わせてGOTOイートも1万円分(12500円の電子クーポンとして利用できる)購入したため、旅行代はかなり安くなっているはずで、これを利用する人としない(できない)人との間でかなりの不公平感が生まれるだろうとも感じている。

 

今回の最大の目的は信楽焼の洗面ボウル(手洗い鉢)を購入することで、以前にも触れた通りネット購入よりも現物を見て購入したい強い意向があったのである。

 

ただ、どうせなら行けるところは行ってみようということで到着後まず最初に向かったのがとある牧場で、冒頭の写真はその牧歌的な風景を一枚切り取ってみたものだ。最近動物といえばこのアルパカにハマっている。

 

次に向かったのは右の写真の場所。甲賀といえばNINJAだろうということでその名もズバリ「甲賀流忍術屋敷」に行ってみた。この甲賀にはもう一つ忍術村というものもあるようだが、そちらは子供向けの施設ということで今回は大人向けのこちらを選んだ。

 

内容としては、かつて本物の忍者が住んでいたという屋敷を観光するだけというシンプルなものだが、カラクリや建物の造りなど古い家屋が好きな人なら楽しめるのではないだろうか。

 

信楽という町に入ると目に付くのは陶芸の施設や店ばかりで、左の写真のものもその一つである。これは登り窯というもので、信楽焼の大きな特徴としてこの連なった形の窯で陶器を焼くことで通常より高い温度で焼成でき、他の陶器処では出せないものが出せるようになったという歴史を持つ。

 

写真の登り窯は今は本来の用途で使われておらず、跡を利用してカフェとして運営されているというので行ってみた。

 

こういう町に来たからには陶器を購入することはもちろんの事、自身でも陶芸体験なるものをやってみたいと思う方は多いはずだ。私も人生を通してこれまで2回ほど陶芸体験をしたことがあり、ここで人生3回目の体験をすることにした。

 

体験するときには大抵何を作りたいのかということを最初に聞かれる。私は過去の体験も含め、そういうときに毎回希望するのが「ラーメンどんぶり」を作りたいと言っては店の人を困らせている。

 

というのも、そういう大型のものをロクロで仕上げるのが素人には困難であるからで、過去2回ともチャレンジはしたものの大きさで自身を満足させるものが出来ていない。

 

だが今回は店の方が非常にチャレンジ精神を解した人で、的確なアドバイスと導きにより右の写真のものを作陶することができた。これまでで一番思っていたものに近く、自己満足している。

 

さて、順番的にはここで吟味した手洗い鉢のことに触れるのが順当なのだが、それは敢えて最後に回して帰りの道中で立ち寄った場所を先に紹介しておくことにする。

 

左の写真は見た通りカヤ葺き屋根の古民家を改装してカフェを営業しているところへ寄ったときのもので、兵庫県のとある古材屋に行ったときに紹介されたものである。

 

築200年の茅葺屋根自体もすごいのだが、話を聞くと最も大変なのはそれらの維持・メンテナンスのほうで、7年前に葺き替えた茅をもう葺き替えしなければならなくなっており、それらの費用に700万円ほどかかるとのこと。

 

かくいう私もずっと茅葺屋根(トタンがかぶせてある)を探して購入したいと考えていたが、県から補助金が出るとはいえ、半分以上は自己負担であるためやはり現実的な問題として瓦屋根にしておいて正解だったのかもしれない。

 

ちなみに、このカフェの周辺には茅屋根の家が数軒並ぶように残っており、トタンで覆っていない本物の茅屋根の家だけでも3軒ほどが連なるように建っているのが珍しい。

 

右の写真の奥の方の家ではトタンをかぶせているように見えるが、これはカヤを修繕する間の仮の屋根らしく、屋根から浮かして作られていて完成後取り外すように作っているようだ。

 

この建物は有志の女子大生が再生・修繕を行っていて、プロの人間を交えながらほぼボランティアで回復作業を行っているらしく、いい体験をしているなとほとほと感心してしまった。こういう場所が我が家の近くにあれば色んなものを吸収できそうなのだが。

 

ということで、最後は今回信楽で購入したものを並べてみた。左の3つがそれぞれ手洗い鉢、右奥の2つがそれぞれ行燈(あんどん)、その脇にあるのが花入れで、手前に4つある黒いものは炭と陶土を混ぜて作ったオブジェのようなもの。

 

まずオブジェのようなものといっても一応設定されている用途があり、水槽などに沈めておくことで水が綺麗になる(炭の力)だけでなく魚の隠れ家にもなるというアクアリウムをやる人間にとって面白い商品だ。私が購入した意図としてはこれらの中に電球を入れて間接照明として使えないかという思惑もある。

 

行燈に関しては説明するまでもなく、間接照明には欠くべからざるアイテムである。花入れに関しては玄関あたりに一輪挿しでも置いてみるつもりで購入した(ほぼ衝動買いのようなもの)。

 

手洗い鉢に関しては今回の旅のメインということでもあり、決定するまでにとにかく出来る限りのものを見て周った。最初はネットでの出品が多かったM社だけで完結するかもと甘い予想をたてていたのだが、念のため周辺の陶器店に寄ってみると出るわ出るわ名作の数々。

 

当初は洗面台用の大型ボウルを一つ購入するつもりだったのだが、妻の要望もあり今後リノベーションする予定のトイレにも小型のものを設置することを即座に決めた。そのため、小さいものの選定は妻のもので、特にデザインと値段を吟味しまくって買ったため2器で23000円ほどと破格の安さであった。

 

最終的に私が選んだものが右の写真のもの。この商品ともう一つ、黒地に金のハケ目がついた高級感ピカイチだった商品と最後の最後まで悩み抜いて決めた。

 

選択漏れした高級感のある方の商品はM社にあったのだが、値段的にも税込みで9万円(直径50センチクラス)と他より高く(その分いいものなのかもしれないが)、吟味する過程で2度の来店中(それぞれ30分くらいいたが)声をかけてくる店員がついに一人もいなかった。

 

どうやらネット商売で忙しいらしく、実店舗のほうには私がいる間誰一人として出てこなかった(他にも客がいたし、何度も目が合ったりしたのだが)ということもあり、なんとなく値段交渉をする意欲すら沸かなかったのが残念な点だ。

 

反面、他の店は全て客商売を全うしていて、大抵の店で3割〜5割ほどの値引きを店側からしてくるなど引き合いがなかなか見事で楽しい時間となった。結局のところ、最終的な決め手となったのは店の方の人柄かもしれない。

 

右の写真の鉢を購入したのは大谷陶器さんで、女将さんや恐らくその息子さんがとても柔らかい親切そうな人だったのが印象に残っている。大型の鉢の取り扱い数こそ少なかったものの、値段設定が他の店の半額ほどになっていて、商品の質が落ちるのか?と少し不安になるほどだった。

 

その中で私の目を瞬時に惹いたのが右のデザインで、これは信楽焼の元祖特徴といってもいいナマコ釉という釉薬を使って出す色で、さらに写真のように結晶が散り散りになっているような模様を出すのはプロでもなかなか難しいとの弁。

 

ちなみにお値段は36000円也。直径52センチの洗面ボウルでちゃんとした色付け・デザインが施されているものをネットで探した場合、これほど安いものはまず見つけることができないだろう。これこそ実地に足を運んだ甲斐を最大に感じることができた瞬間であった。

 

あとはこれら購入したものをどう活かすか、センスが問われることとなろう。

続きを読む≫ 2020/11/08 21:11:08

超大型と言われ続けた台風が通過した。私の住む安芸高田市は大きな被害がなく、ひとまず胸をなでおろしている。「経験したことのない」規模の被害がまことしやかに言われていたため、被害に備えて改装中の家に泊まり込みを行った。

 

結果として月曜日の正午あたりで強風が吹くというシーンもあったが、何かが飛ばされるというレベルのものではなかった。予想以上に気持ちの余裕があったため、家の下を流れる小川を眺めていると面白い発見があったのでここで報告しておこうと思う。

 

冒頭の写真のように我が家から少し下ったところには簡単な堰堤のようになった場所があり、ここには温かい季節になるとオオサンショウウオが顔を出すことが多い。

 

彼らは大抵ジメジメとした暑い日に出てくることが多く、恐らくこの堰堤の下にあるコンクリートブロック地帯のあたりを巣にしていると思われる。中でも毎回よく見かけるのが周辺のヌシと思われる7〜80センチほどもある個体だ。

 

ただ、この夏はこのヌシが出てくることが少なく、代わりに小さめの個体(4〜50センチほど)がかなり頻繁に顔を見せてくれた。この種は縄張り争いが激しいと思われる出来事として、或る日その小さめの個体が噛み殺されているということもあった(恐らくヌシの仕業)。

 

余談はさておき、そういう状況の中この台風の日に現れたのがその小さめの個体なのだが、普段と明らかに違う点があった。冒頭の写真は敢えてわかりにくいものを載せているのだが、この写真の中のどこかにオオサンショウウオがいるのがわかるだろうか?

 

まずは冒頭の写真でいう右端あたりにある落ち込み下の窪みの中である。この窪みの中は彼らにとって快適であるのか、かなり頻繁に発見されるポジションである。

 

実は冒頭の写真の中には全部で3匹のオオサンショウウオが写っており(あくまで画角の中で)、左の写真のものはその中の1匹ということになる。過去に多く見られたときでも一日あたり2匹というのが最大だったのだが、今回の観測はそれを大幅に更新することになった。

 

冒頭の写真でいう左の落ち込みの真下にいたのが右の写真の個体。オオサンショウウオという生き物は足の裏でしっかりと地面を掴むことが出来るらしく、少々の流れに負けることはない。

 

この個体の体の大きさからするとそこそこ大きな滝になるようなこの部分でも全く動じることがなく、周囲では最も流れの強いこの周辺でも前述の窪みの次くらいに多く見つかっている。

 

それがのそのそと動いて場所を変えた先にいたのが左の写真にある個体だ。通常この種は素早く動くということがなく動きはかなり緩慢な感じだが、本気で驚いたときはものすごいスピードで逃げるという話もきく。

 

実は、この台風がくる数日前には同じ水域でかなり大きなスッポン(4〜50センチくらいあって円形のニホンスッポンと思われる)を見ており、捕獲には失敗したのだがやはり逃げ足は想像以上に速かった。写真がないのが残念である。

 

最後はものすごくわかりづらいかもしれないが、写真のどこかにこの周辺のヌシである個体が顔を出しているのが写っている。写真上のほうにあるコンクリートブロックの下を住処にしており、そこから頭だけをにゅっと出している。

 

このヌシを合わせてこの日は合計4匹のオオサンショウウオを同時に見ることができた。自然環境下でこんなにも貴重な種が見られるということが嬉しく、それも自宅のすぐ下であることが嘘のように思えている。

 

今回、こういう例外的に4匹もの個体が出てきたことが台風と無関係とはどうしても思えず、できるだけタイムリーに報告する必要性を感じた今日この頃だ。時期も6月頭頃から本日までほぼ途切れることなく2〜3日に一度くらいのペースで姿を現し、気温との関係性も考えてみたいところだ。

続きを読む≫ 2020/09/08 19:38:08

前回の記事よりだいぶ期間が開いてしまった。この間ずっと古民家リノベーションをしていたわけではなく、ちょっとした盆休みをいただいたということでご容赦いただければと思う。

 

お盆周りには友人が新居に泊まりに来たり家族と墓参りをしたりする傍ら、水槽の内容を充実させるべく釣りやガサ入れポイントの新規開拓を行ったりした。成果のほどはまた後日報告することがあるかもしれないが、今回はだいぶ時期が過ぎてしまったツバメの話をすることにする。

 

冒頭の写真のツバメ、納屋を我が物顔で気ままに振る舞っている怖いもの知らずである。

 

通常、我が家の納屋は全ての戸締りをしている状態なのであるが、この夏前くらいに劣化していた窓が一部壊れてしまった部分がある。このツワモノはそのわずかな窓ガラスの割れたスペースから自由に出入りし、私が気づいたときにはすでに8割方巣を作り上げてしまっていたのは以前のブログでも報告のとおり。

 

ちなみにこのツバメ達がこの巣を作っていたのはもう6月が終わろうとする時期で、かなり遅い時期である。場合によっては子育てはせず、今年は巣を作るだけで終わるかもしれないと思っていたが、気が付けば右の写真のように産まれたばかりのヒナが存在していた。

 

巣の周辺が静かであったのだが、親鳥はほぼ毎日のように巣の中で時間を過ごすことが多く、約3週間ほど卵を温めていたような感じだ。写真のヒナを撮ったのは7月後半で、ヒナは形こそなんとなく鳥のようだがまだ眼も開いていない。

 

ヒナが孵ったからか親鳥が巣に留まっている時間が極端に短くなり、エサを探しに飛び回っているようである。ただエサといってもヒナはまだ食べられる状態にないため、自身の体力を蓄えているのだろう。

 

たまに写真のように天井板を外して観察しているときに戻ってくることがあり、そういうときは驚いてすぐ外に逃げていってしまう。心配でいつまでも傍にいるとか様子を見るとかいう仕草もなく、一目散に逃げていく感じだ。

 

あまりやりすぎると育児放棄しかねないと思ったため、観察は時間を限定して数日に一度行うようにした。

 

一週間経つとヒナが元気よくエサをねだっている状態になった。扉を開けた瞬間にあらんばかりの声を発して親心を刺激している。扉が開いたとき(気配を感じたとき)に自分の存在を最大限アピールしていたのは最初だけで、作者が観察のために天井板を外すと声がピタリと止まり、じっと動かず目を閉じて小さくなってしまった。

 

そのときよほど恐怖を感じたのかもしれない。その後は日にちが変わっても扉を開けたときに声を発することはなくなり、じっと黙って様子を見ている狷介なヒナに育っていくことになる。

 

そのときの様子が左の写真である。このときは親鳥が来たときにエサをアピールしていたのだが、天井板を開けた途端にご覧の状態になった。息をひそめてじっと耐えている様子が窺える。

 

徐々に産毛がしっかりしたものに変わってきており、少しずつ鳥の形に近づいているようだ。最初から2羽しかいなかったのだが、通常よりも少ないのは時期によるものだろうか?ただ、巣の大きさ的にこの中に3羽4羽となると相当手狭な感じはする。

 

この時期にヒナを狙った侵入者もいたことがあった。夏も本番に入る前の涼しい時期は常にこの納屋の2階(客間)で昼寝をするのが半ば習慣になっていたのだが、最近は母屋で冷房をかける堕落した日々だったためしばらく客間には入ってなかった。

 

入らないのであれば戸を全て閉めておくべきだったのが、それを怠ってしまっていたためこういう生き物が自由に出入りできる状態にしてしまった。ヒナの天敵であるこのヘビもそうだが、部屋の中にはイタチのフンもあり、気を抜けばすぐに動物が入ってくる環境というのが証明された格好だ。

 

そんな反省材料がありながらもヒナたちはすくすくと育ち、8月の初旬には左の写真ほどに成長。ここまでくればもうほとんどカウントダウンといったところで、数日中に巣立ちのときを迎えるだろう。

 

結果的にこの写真を撮った日の2日後の巣の中はもうもぬけの殻で、ほぼ1両日中に飛び立っていったという結果に終わった。今集落の中にはツバメが数十羽の群れを作っていて、恐らく9月くらいまでには冬を越すために日本を後にすると思われる。

 

ツバメが飛び立った後に残されたのは右の写真のような残骸である。納屋の中には色んなところにフンが残されており、間借りさせたことを少し後悔したが、一連の観察ができたため私としてはメリットもあった。

 

来年以降は納屋の窓の破れもさすがに解消されているだろう。納屋の中に巣を作るのは今回が最初で最後になるため、観察できたのはかなり貴重な機会だった。今後は軒先などに巣を作ろうとしたときにどうするか対応を考えておく必要がありそうだ。

続きを読む≫ 2020/08/24 19:53:24

長く感じた冬が終わって春の息吹を至る所で感じる今日この頃、皆さまはいかがお過ごしでしょうか?

 

コロナ感染の影響で外出すらできない状況下、今年も我が家の桜が花開き、日々の花見を愉しんでいる。DIYをしているとどうしてもホームセンターや材料屋さんには出入りしなければいけないが、それ以外の外出は自制が続いている。

 

正直にいうと、私の住んでいる安芸高田市にはまだコロナへの強い危機感というのはあまり感じない。市内のほうには感染者も出ているため基本的には近寄らないでいるが、今後こんな片田舎にまで感染者が出るようになったらどうなるのだろう。

 

そんなうっ憤もたまっている中ではあるが、我が集落では本日より田植えの準備がすすめられている。となるとここからしばらく我が家周辺ではヘビの超優良観察スポットとなる。

 

田んぼにトラクターが入ってヘビの住処を壊し、その田に水が入ることで完全に住処を失ったヘビが、これから一斉に新たなねぐらを求めて川べりに集まってくる時期の到来である。

 

そもそも野生のヘビは水のある岩場付近を好んで棲むことが多い。その上、数多くの柔らかくて暖かい土(休耕田)がそこら中にある我が家周辺はこのヘビが好む環境に見事に適合しているのだ。

 

左の写真は今改装中の納屋2階の客間から眼下の小川周辺を撮影したもの。この小川のもう少し下流にはオオサンショウウオの巣場もあり、毎日の生物チェックが楽しみな季節となる。

 

あと2カ月もすれば夜にはホタルも見られるようになるだろう。ここらの時期がこの周辺で最も楽しみが多いときなのは間違いないことのように思う。

 

あと冬のときとの変化といえば、鳥の声が多種多様になってきたことである。冬の間はほとんど聞かれることのなかった鳥のさえずりだが、2週間ほど前からウグイスの鳴き声が頻繁に聞かれるようになっている。

 

まれにカワセミなどを見ると喜びもひとしおだ。右の写真は職場の近くで動けなくなっていたところを職員が保護したカワセミで、こういう都会ではほとんど見られない貴重な鳥を見る機会も増えてくる。

 

以前のブログでも同じように貴重な鳥(ミサゴ)の報告をしたが、作者が最も好きな鳥がヤマセミ、次いでこのカワセミ、猛禽類である。ヤマセミなどは人生でも数えるほどしか見たことがなく、出合えるだけで興奮ものだ。

 

カワセミなどは綺麗さで国内屈指の鳥であろう。大げさにいうと日本の国鳥でもいいと思う鳥のうちのひとつである。

 

さて、冒頭の写真にも写っているが、桜より一足早く水仙の花も至るところで咲いている。私はあまり花に造詣が深いわけではないが、この水仙というのがなんとなく好きになれない。

 

というのが、うちの裏庭の畑には前管理者が趣味で水仙を大量に植えていて、これから畑をやっていこうと思っている人間の目から見ると水仙というのは危険であることがまず挙げられる。

 

それは間違って食してしまうとそこそこ危険な毒にやられるためで、見た目もニラと混同するような印象で間違えやすい(しかもニラを植えたいと思っている)ことや、根絶するのが大変であるということ。

 

球根であるため、掘り起こして取り除くしかないが、繁殖力が強く至る所に分布を広げている。左の写真はまさにそれで、木の周りや石段の手前あたりに群生しかけているニラのような真緑のものがそれだ。

 

ここには去年全くなかったはずなのだが(去年撮った写真がこちら)、いつの間にかこうも大量に土着している。まだ駆除するべく動いたわけではないが、こうも旺盛な繁殖力を見せられると脅威を感じる。

 

花に罪はないが、今後の畑作計画のためにもなるべく早めに駆除に乗り出さねばならなくなるだろう。その話を周囲にもしているため、花好きの人が何人かこの水仙を引き取りに来てくれている。駆除前であれば取り放題なので、希望者がいればこちらまで連絡お待ちしています。

続きを読む≫ 2020/04/06 21:49:06

今年はもう積もらないと思っていた。そう思われていた方が大半だったのではなかろうか。我が安芸高田市もここまでチラチラと雪が落ちたような日が幾日かあったが、本日ようやく今年初となる積雪を観測した。

 

今、このブログのメインコーナーでもある古民家ブログの方では絶賛浴室のリノベーションを実施中である。そして、作者にとっては非常に間の悪いことに、この初雪を観測した日に浴室がらみの大がかりな作業(外でやる必要がある)を予定していたのであった。

 

そのときの記事は今後まとめて掲載することにしているためここでは省略させていただくが、つまり、ヘルプに来てもらうほどの作業であったため随分前の段階で計画的にこの日を予定していた。

 

諸事情が重なって実施日を動かすのを極力避けたかったため、初の泊まり込みによる積雪チェックを実施することになる。そのときに夜通し外の様子をみながら明け方に撮影したのが冒頭の写真だ。

 

幸いなことに雪自体は日付が変わる前に降りやんだため、当日の作業に支障はなかったが、新居で体験する初の積雪であったためこれは別件で報告しておこうと思ったのが今回の主旨になる。

 

全国各地ではどうだったのか今の時点で知らないが、我が集落では最大10センチ程度の積雪に終わった。去年も雪が少ない年だったため積もったのは一度きりだったが(その時の記事はこちら)、今年もこれで最後になるのかもと思いながらシャッターを切る。

 

今回初めて我が家で雪を経験してみてわかったことは、結果的に大したことがなかった雪だが意外と屋根下に落ちる量が多かったということだ。雪止めが付いているには付いているが、それより下にたまったものが融けた際にドッサリと落ちてくる。

 

そのため、写真奥に設置してある土壁置き場(ブルーシートで包んでいる)はほぼ全面雪で埋められてしまった。今年は降雪が少ないからよかったものの、一昨年前のような大降雪の年(そのときの記事はこちら)にあたっていたら場所の変更を余儀なくされたかもしれない。

 

もちろんのことだが、降雪があるときは確実に外気温は氷点下を越すことになる。外部蛇口を複数設けている関係で、凍らせないための処置(ちょろちょろ水を流した状態にするなど)をしておく必要もあるし、凍ったら壊れやすい機械類なども冷えない場所に移す必要などがでてくる。

 

写真にある物置などは設置当初仮置きのつもりでいたものだが、こういったときには一時的な保管場所としてかなり有能だということにも気づいてしまった。この風景にも見慣れてしまった感があるため、以前お伝えしていたような再移設はしないことになる可能性が高い。

 

最後に、以前植樹した梅(そのときの記事はこちら)に花がついたためそちらを報告して終わろうと思う。そのときに植えた豊後2本と小梅1本だが、メインは豊後というつもりだったにも関わらず開花したのは小梅1本だけである。

 

これは植樹した場所の日当たりが関係していると思われる。豊後の2本に関してはどうやら日当たりがあまりよくないことになってしまっているようで、つぼみさえついていなかったりする。

 

そのため、余裕ができたときに豊後2本も移植することになりそうである。今後機会があればまた報告するようにしたい。

続きを読む≫ 2020/02/18 17:51:18

今年も残すところあと数時間。この一年間このブログをご覧になってくださった皆様に感謝の意をこめてこれまでの当ブログの訪問者数をお伝えしようと思う。

 

ただの文章だけの羅列になってもつまらないため、今年ブログ用にと撮った写真のなかで結果的に記事に使用せず使われなかった写真を適当に貼りながらお話しを進めていくことにする。

 

実は以前にブログ内で訪問者数を発表したことがある(そのときの記事はこちら)。それを知らない方のために簡単に説明しておくと、このホームページにも他のものと同様アクセスカウンターのようなものが設置されていて、どのくらいの訪問者がいるのかがわかるようになっている。

 

本来はいろんな機能がついてる解析ツールなのだが、私が普段使いしているのはどの地域からどれくらいの方が訪問してくれているか、それぞれの人がどのような記事・写真をどのくらいクリックしてくれているか、などである。

 

これを半月に一度くらいざっと見て特定の記事に対する反応の良し悪しなどを見て今後の参考にさせてもらったり、単純に閲覧者がいることを確認することで次の記事を書くモチベーションを高めることができている。

 

上のリンクから飛べる前回の訪問者数発表記事では「ブログ開設して半年間で4198クリック」などと書いているが、今回過去記事をさっと見て確認したところ、半年ではなく8カ月ちょっと経過したときの記事であったようだ。

 

そして結論からいうとその後も当ブログを閲覧してくださっている方は当時に比べてかなり増加傾向にある。開設したのが17年3月と考えて19年12月まで約32カ月間(前回の8カ月のほぼ4倍くらいの期間)で閲覧してくださった人数は20861人、閲覧ページ数は43935に伸びた。

 

これは私も全く予想外のことで、嬉しい限りである。簡単に閲覧数が伸びた原因を分析すると、開設後1年ちょっとしたときにどこかのまとめサイトにリンクが貼られたことが最初かもしれない。

 

ただしかし、確かにそのリンクが貼られた瞬間から閲覧数がケタ違いに伸びた経緯があったのだが、そこからの訪問者はほとんどがリンク先ページだけを見て去るというパターンがほとんどで、継続性は低かったようにも思える。実際4カ月ほどは高水準で訪問者数が伸びたが、それ以後は急激に減少した。

 

そして本格的に数字が伸びたのは今年の4月以降で、これは家の購入が進み始めてDIYを開始したあたりの記事からという結果だ。そのあたりから徐々に閲覧数が増え、月平均1000人くらいの水準になっている。

 

最近では一度の訪問で数時間単位ご覧いただいている方も増えていて(これは文字数が増えている古民家ブログで顕著)、それも一人二人ではなく結構な人数の方が時間をかけて訪問してくださっていることを嬉しく思う。

 

時には外国からの閲覧もあり、そういうことがわかる解析ツールが空恐ろしくなることもある。とにかく今回皆さまにお伝えしたかったことは、このページを見ていただいている人が増えていて、これからもご期待に添えるよう頑張ります、ということだ。

 

本年も一年間多くの方にお世話になりました。今後ともよろしくお願いいたします。皆さま、よいお年を。

 

続きを読む≫ 2019/12/31 19:18:31

家を購入してから8カ月が経過している。この期間、農業とリノベーション以外に時間を使う機会を全く持てていない状態であったためここらへんで一度息抜きをしてみようと突発的に思い立つ。

 

リノベーションとしてやりたいことは具体的な作業も先が詰まるほどあるが、今一番多くの時間を割いて熟考を重ねているのが電気関係とキッチン関係のことで、見積り依頼などで空白の時間が都合できたことが大きい。

 

今回の息抜きは少し足を伸ばして神戸まで行ってみた。インテリアや古材屋、大型の家具店や大工道具の博物館など普段生活している片田舎ではお目に掛かれないないものをしっかり見ておこうというコンセプトである。

 

冒頭の写真は和紙あかりを扱っているギャラリーで撮ったもので、ここでは有料で実際に写真のようなランプが作成できるということで行ってみた。作者自身も自分達の改修している家に置くものをひとつ作成してきたのでブログの最後で紹介しようと思う。

 

一泊の旅でかなり多くのものを見るように詰め込んで周りすぎて全てを紹介すると取り留めがなくなるため、今作者が一番情報に敏感になっているインテリアやDIYに関するものを取り上げてみた。

 

右の写真は大工道具の歴史や木組の継手・仕口・ホゾなどの造作、由緒ある木造建造物の構造模型などが展示されている場所で撮ったものである。予定を詰め込んで見に行ったため、体験型のイベントには参加しなかったが時間があればガイドなどの話を聞いてみたかった。

 

ここには左の写真のような昔でいう茶室(東屋)の構造模型も館内に展示されており、今ちょうど古民家ブログで竹小舞を掻いたりしている作者にとってはとてもタイムリーな情報になる。

 

作者が以前自分で作った小舞とは多少違いがある部分もあるが、普段作者が目を通している参考本や資料に忠実なのはこちらの写真のやり方であり、作者の家でやられている方法はこちらを簡易的にやったものというのがよくわかる模型であった。

 

今回の旅で作者自身が一番期待して見てきたものはインテリアに関してで、リノベーションが終わって実際住むことを想定してどのようなインテリアが部屋にマッチしてよりふさわしいかをしっかり考えるいい機会になったように思う。

 

もともと、リノベーションの設計段階では照明などに関しての具体的イメージを持っておらず、ただ漠然とこのあたりに一個、このあたりに一個というような雑な考え方をしていた。

 

ただ、家を購入後知り合った建築士で同じく近隣でセルフリノベーションを進めている方がおり、その方から照明や住設に関してはしっかり具体的なイメージを持っていいモノをケチらずに設置すると見栄えに高級感が出て安っぽくならないというようなアドバイスを受けていたことがあった。

 

なんというか、作者のインテリアに対するイメージとして、こういうのをいい感じに演出できるのは結局のところセンスの問題であるという結論に辿り着き、それが不足している作者には最初から諦めモードが強い。

 

ネットや雑誌・資料で探してみると照明の種類はあまりにも多く、センスのかけらもない作者には逆にどれも良さそうに見えて自分の当初のイメージも揺らいでアテにならなくなってくることもしばしばある。

 

だが自分に才能があるかどうかはともかく、やはり新居では自分なりに納得感のある演出ができるに越したことはないため、事あるごとに意識して他の空間の照明演出を見るようにしてきた。こういうことはまず目を肥えさせることで自然と磨かれるはずである。今更遅きに失した感も否めないが、そういうことで頑張ってみることにした。

 

もともと、古い和のものが好きなこともあり、写真のような和の照明・ランプなどのミュージアムを周ってみたりということが今回の旅の主旨でもあった。そこで冒頭のランプ作成体験である。

 

右の写真が今回、作者とその妻が新居に置くために作成してきた照明になる。一応、作者の設計時のイメージとしては直接照明よりも間接照明をメインに据えるような部屋をいくつか作ろうと思っていて、その一端でこういう置き型のものを設置する予定をたてていた。

 

照明の枠はカズラの枝で無造作に組み立てられていて、枝と枝の間に任意の色の和紙を貼り合わせて作っている。作者が体験したのは和紙を貼るだけの作業であったが、それだけでも5時間くらいかかっている超大作で、そこそこ広くて暗めのスペースに置くといい感じになりそうだ。

 

まさかこういう形で自分で作ってくることになるとはあまり想像していなかったが、これもなにかの縁ともいえるかもしれない。実はこういう体験をしてみるまでの間、手作りのランプや行燈(あんどん)のような暗めの間接照明を作ろうと計画を練ったりしていた。

 

ある程度空間を演出するにはキチンとしたものを購入するところも絶対に必要だと思っているが、自作で済ませられる範囲のものはそれで済ますに越したことはない。ただ、ワンパターンになったりマンネリ化してしまうことは面白くないため、そういうときにはそれなりの商品を設置することも検討しようと思う。

続きを読む≫ 2019/12/02 21:43:02

古民家ブログ以外を書くことがかなり久しぶりのように感じる。今回は、作者が住む安芸高田市内にある登録有形文化財となっている古い庄屋の見学に行ってきたときのことをレポートしようと思う。

 

冒頭の写真が見学したときのもので、国道54号を安芸高田から三次方面へ北上する道路から見える建物である。以前から古民家と古い西洋建築が混ざったようなたたずまいが通るたびに気になっていた。

 

集落の先輩移住者であるY氏の紹介で今回の見学会を知ることができたのだが、それがなければここを訪れる機会は半永久的になかったかもしれない。集落の人たちには常に感謝しかない。

 

日野家住宅というのがここの名称だ。来てみて驚いたのは、外から見て空き家だと思っていたこの場所には現在子孫の方達が普通に生活していることを知ったことである。

 

重要文化財や国宝などとは違い、有形文化財というのは一切補助金の類は出ないと聞く。有形文化財に登録されたのは4年ほど前で、所有者個人では古い建物などの維持がとても賄えないというところから地元の有志が昨年から維持活動を開始したらしく、この見学会もその一環となる。

 

敷地内はかなり広く、かつてはこの地域一帯の豪商だったようで、建物も大きいものだけで6〜7棟ほどある。しかもそのどれもがあまり近代的な手を付けていない古い建物ばかりというから一個人だけで維持管理するのは労力的にも金銭的にもかなり困難だろう。

 

左の写真は上の右側写真の母屋を入ったところのもので、こういう重厚な古民家の小屋組は作者がすこぶる好みとするものだ。こちらの家は古くから色んな商売をしていたとのことで、酒屋、焼き物屋、農林畜産業、製鉄、紙・蝋燭など当時の記録が残っている。

 

母屋などは江戸時代の藩主浅野家の殿様が宿所にしていたそうで、果たして個人で掃除などもとてもやりきれないだろうほどに広い。

 

母屋を反対側に抜けるとそこには築300年前後の蔵が2棟並んで建っている。そのうちの一つは右の写真奥側に見える酒造蔵で、酒造をやめてから割と最近まで焼き物を扱っていたようだ。今現在ここの蔵の中には大量の焼き物が当時のまま残されていて、写真を撮っているあたりには個人所有の登り窯があったというから驚きだ。

 

こちらの写真はここの正式な正面玄関らしいのだが、川沿いの狭い橋を渡った場所にひっそりとあり、国道側からは見えない。ちょっと個人宅とは思えないような門構えで、作者が注目したのはその手前の部分である。

 

門よりもだいぶ手前に敷地入口にあたる石垣があり、それに挟まれるように溝を掘った石の支柱があるのがわかるだろうか?これは反対の石垣にも同じものがついており、目の前の川が増水したときのために板でフタをするためのものだそうだ。

 

もう一点、作者が非常に興味をもったものがあり、それが右の写真。これは上から2番目の写真右側の建物(大正時代の洋館)で撮ったもので、あまり見慣れない感じのものが2点ある。

 

一つは壁の仕上げである。写真では少しわからないかもしれないが、壁紙を貼った上にペンキを一度塗り、それが乾く前に拭き取るように仕上げをするとこのような仕上がりになるらしい。

 

もう一つが窓枠や腰壁との見切りに付けている紐の部分で、作者はこういうものを初めて見た。この建物全体を通して建具や見切りの部分には全てこの紐が打たれていたのだが、これを見ることで作者の長年の疑問が解けた気がしている。

 

というのも、今作者が古民家でのDIYで取り掛かっている作業の一つにヒモ打ちのための準備があるからで、これは取り付けた窓や玄関と柱などとの見切り部である空間の見栄えをよくするために付ける見切り材のことだ。

 

この写真の紐はそれと全く同じ目的で取り付けているものと思われる。もう答えは出たようなものじゃないかと思うがその推量が正しいかどうかの答えをくれる人が残念ながら今の自分の周囲にはいそうにない。どなたかご存知の方はこちらまで連絡をいただけると喜びます。

 

さて、最後に我が家に増えた新しいアイテムを紹介して終わりにしようと思う。急激に寒さが強くなってきた昨今、新しいストーブを注文していたのだがそれが届いたときのものだ。

 

あまりこういうものにお金をかける気はなかったのだが、デザインと使い勝手の評価を見て奮発して買ってしまった。知る人ぞ知るアラジンという会社のブルーフレームヒーターで、一台4万円弱だが、大事に使えばほぼ一生モノになるはずのアイテムである。

 

今年の冬はこれで乗り越えることができるだろうか。次回からはまた古民家ブログを頑張って更新していく予定なので楽しみにお待ちいただきたい。

続きを読む≫ 2019/11/14 21:06:14

前回のこのコーナー(勝手にコーナー化してみた)では集落の田植えのことなどを紹介していたと思うが、今回は田植え・稲刈りに共通する話題に少し触れてみようということで第二弾として立ち上げてみた。

 

私がこれから生活の基盤を築いていくことになる集落では住民のほとんどが専業・兼業農家である。家の周囲はほとんどが田んぼで、国の整備(何十年か前に2億円弱の予算が投じられているらしい)によって綺麗に整地がなされている。

 

そういう関係で農繁期には農業機械がひっきりなしに往来を行き来し、道路も全て農作業車などが優先になるようなところだ。従ってそういった農業の様々な影響を必然的に受けることになるのだが、虫や動物などとの関りにも少し影響があることを紹介したい。

 

写真はウチの庭で発見したシマヘビの赤ちゃんだが、田植え期にいっせいに田んぼに水が入ったり稲刈りでいっせいに住処がなくなってしまうとこういう形で多くのヘビやカエルが発見される。

 

それはもうあからさまに顕著な傾向であり、今年の田植えのときには3日ほどで10以上のヘビを見たし、稲刈り期である今も同様に多く見ることができる。住処を追われた彼らは数日の間に新しい住処を見つけるようで、落ち着いた後はほとんど目にすることがなかった。

 

夏の暑いときには全くといっていいほど姿を見せず、抜け殻などで存在のアピールをしているように思えたが特に今年は人目に触れることが少なかったようだ。

 

ちなみに、私はシマヘビの赤ちゃんを初めて見たのだが、一瞬マムシの赤ちゃんかと見誤るところであった。後で調べて知ったことだがシマヘビや青大将など毒がないヘビでも幼年期は毒蛇の擬態をして生き残りを図るらしい。

 

私が一見してマムシの赤ちゃんかと思った点として、頭が三角形ぽくみえたことと、目の瞳孔が猫のように縦目であったこと、模様がこのまま大きく育ったときに銭形模様になることを想像させるような形であったことなどがある。

 

それらは全て大人のシマヘビにはない特徴で、シマヘビといえばわかりやすい黒いシマシマ模様に丸い点の瞳孔でパッと見は可愛らしいヘビである。というわけで今日もまたひとつ物知りになることができた。

 

お次は以前のブログでも少し触れていた山椒の実についての話。普通、山椒の実を使って何かをするとなると大方の人は佃煮を想像するらしい。だが今回はそれとは反して実山椒とか粉山椒とか言われる加工に挑戦してみた。

 

佃煮というのは山椒の実がまだ青いうちに摘んで加工するものであるが、今回はそれより日にちが進んで赤く色づいた実を使うことになる。赤く色づいた山椒は近づいただけでもとても香り高く、市販のものでは味わえないほど香気の強い香辛料として使用される。

 

作り方の説明だが、まず上の写真のように風通しの良いザルなどに適量獲った山椒を一週間ほど乾燥させることから始まる。乾燥させて時間が経過すると左の写真のように黒いタネが外柄を破って出てくる。

 

この状態になればあとは黒いタネを取り除いて赤い皮の部分だけを選んで瓶詰めにしたら概ね出来上がりである。このザルを干している間、選り分け作業中などとにかく山椒の強い香りが周囲に漂い、好きな人はたまらないだろう。

 

選り分け終わったのがこちら。これだけの量だと選り分けをするのに2〜3時間かかってしまうが、これをミルなどで細かく刻んで豆腐や揚げ物にまぶして食べるのが今の我が家でのブームになりつつある。

 

家を購入した当初、この山椒の木は使い道があるのかどうかよくわからず伐り倒す予定であったが、市販では買えないこういった楽しみ方があると知ってしまえばもはや伐り倒すこともできなくなってしまった。

 

田舎の風景として私の中で欠かすことのできない要素の一つとして、鳥の存在、なかでもとりわけ猛禽類の存在が大きいのではないかと思う。過去に都市部での生活が長かった時分はほとんど記憶にないのだが、ここ田舎に移ってきてからはトビなどの猛禽を間近で見る機会がかなり多い。

 

写真の猛禽もそのようなうちのひとつであるかもしれない。これは鷹の仲間でミサゴという種類の猛禽で、外傷は見当たらなかったのだが何らかの状況で飛べなくなってしまった様子だったため役所に報告して保護してもらった。

 

発見した作者から逃げようと翼を広げることもあったが1m以上は優にあるほど大きく、ツメを見てもらえればわかるがとても長く鋭い。この種は魚獲りが抜群に上手いようで、ネットを検索すればそういった写真が山のように出てくる。

 

猛禽類というのは食物連鎖の頂点に位置する存在でとてもカッコよく、作者も大好きな種類の生きものだ。将来的にはフクロウなどを飼いたいなどという目標ももっているため、もし実現すればまたこのブログで報告できればと思っている。

続きを読む≫ 2019/09/22 19:50:22

暑かった夏も台風一過でひと段落した感じになってきた。我が家は川沿いの立地であるため日中でも涼しい風が吹いてくる日がポツポツとでてきている。庭の山椒の木もその実が赤く色づいてきているため、そろそろ収穫して香辛料として味わってみようと思っている。

 

先日、私事ながら44歳の誕生日を迎えた。この年齢になってくると自分の誕生日に対して何かやろうとかやってほしいとか、そういった気持ちが悲しいほどに枯渇してくるのをここ数年感じている。

 

もともと物欲はないほうだが、欲しいものは何かと聞かれてもなにも思い浮かばないことが多い。生活に必要なものやある程度便利なものは一通り揃えているし、自分が欲しいと思うものを探すことがけっこう大変で、そういうことに脳みそを使いたくない自分がいる。

 

ただ、今年の誕生日は自分の家を持ってからの最初の記念日でもあるため、何かやろうと思い至った。職場の仲間からお勧めのお店として植物を扱う大型のお店を教えてもらい、そこで見つけたものを半ば衝動買いに近いような形で購入してしまった。

 

購入したのは梅の木で、前々から梅の果樹園を趣味のレベルからやってみたいと考えていた。普通、梅を使って何をするかというと梅干しや梅酒を作ることを想像する人が大半かもしれないが、私がやろうと思っているのは梅シロップ作りのほうだ。

 

小さくてもいいから農地を取得してやりたいとは思っていたのだが、後先を考えもせずに購入してしまったため、植える場所がここで本決まりではない。だが、今はこの裏庭以外に植えても問題ない場所がなく、育ってきたら移植する必要が出てくる可能性が高い。返すがえすも衝動買いは慎むべきだろう。

 

ただ、今はまだ農業をやる時間のゆとりがないがそのうち自作農などもやりたいと思っていたため、常にアンテナを張ってはいたのだ。それらのうち、作物に関しては数カ月で収穫になるものがほとんどだから出来るようになってから手を付ければよいが、果樹に関しては植えてから収穫までに時間がかかることが予想される。

 

つまり、やりたいと思うより数年前にやっておかないと、収穫までけっこうな時間がかかってしまうため、どこかでフライング気味にやる必要があった。ということを今回の衝動買いの言い訳にしておこうと思う。

 

ちなみに、今回購入した品種は豊後(ぶんご)というもの。本当に衝動買いだったため下調べなども全くしておらず、全てお店のプロに聞いたままのやり方で実践している。プロからのアドバイスによると、こういった果樹は単品で植えた場合の結実性が高くないらしく、受粉樹と呼ばれる違う種類のものも近くに植えたほうが実がなりやすいとのこと。

 

ということで豊後2本とは別に小梅という種類の受粉樹を2本の間に植えることにしてみた。購入したものは全て接ぎ木苗というもので病害に強く結実も早くなるらしい。どちらも今現在の樹高は120〜130センチといったところだ。

 

私とは別に妻のほうも記念植樹の相伴にあずかった形で気に入ったものを植えたようだ。私にはあまりなじみがないが田舎にはよくあるらしいグミの木というもの。恐らく都会でしか生活圏をもったことのない人間はあまり知らないことが多いのであろう。

 

実が食用になるにも関わらずどこにも商用生産されていない木のようで、入手するには自分の庭で育てるしか方法がないらしい。そのため、庭や畑がふんだんにある田舎暮らしでは目にすることもよくあるとのこと。この木が今後どのように育っていくのかも楽しみである。

 

続きを読む≫ 2019/08/26 17:44:26

〜衝撃が走った〜

 

今まで人生を40数年生きてきてそれなりに色々な出来事があり、このニュースを耳にするまでは少々のことでは心を揺るがされることはないと思っていた。それほどに私の心に大きな衝撃を与えた一種の事件〜

 

ここ広島県でもう20年以上もの昔から常に「旨いラーメン屋」で上位2位に入ってくるお店があるのをご存知であろうか。尾道に本拠を構える朱華園という中華そば屋がそれである。

 

衝撃のニュースというのはその私が愛してやまない広島の雄と言っても過言ではないこのお店が閉店するということであった。世に知られる「尾道ラーメン」という言葉をご存知の方もいるかもしれないが、その名前で知られるようになった元を作った伝説のお店。

 

作者にとっての尾道ラーメンとは朱華園であり、それ以外の店は全てバッタモノであり、同じ括りにしてはいけないほど特別で唯一無二のものであった。私が初めてこの店の中華そばを食したのは25年ほど前、大学生になったばかりの頃。

 

あまりの旨さに衝撃を受け、一瞬で虜にされてしまった私は、大学を卒業するまでの4年間ほぼ毎日に近い頻度でこの店に通い続け、平均して週7食ほどのペースで食べに行っていたほどで、もう完全に狂ってしまっていたと言っていい。

 

ちなみに、お店は週1日休業日がある中で週7食というのは誇張ではなく、週に一度はほぼ必ず昼食と夕食を共にこの店で食べていたという諸兄には信じられないレベルで通っていたことになる。

 

しかも人気店であるため毎回30分〜1時間待ちが当たり前で、並ぶことが納豆の次に嫌いな作者がそれを我慢してまで毎日通い続け、寧ろこのこらえ性のない作者に並んで待つということへの耐性をつけてくれた店でもある。

 

店のメニューはとてもシンプルで、左の写真のとおり、中華そば、ワンタン、餃子、こちらの写真は支店のものだが、本店では焼きそばなどがある。よくありがちなラーメンにご飯やチャーハンが付いたメニューなどは存在せず、純粋にラーメンだけを愉しむ舌の肥えた客が多いのが特徴だ。

 

味覚は人それぞれであるため、基本的に自分にとっての味の良しあしで飲食店の優劣をつけることを好む人間ではないと思っているのだが、このお店だけは特別でこの当時から今現在まで変わらない私の舌の絶対基準になってしまっている。

 

つまりどのラーメン屋に行ってもここの味と較べてしまい、較べた結果「朱華園とその他大勢」という範疇を越える店には未だ巡り合えていないということだ。作者にとってそれほどの店が、閉店してしまうという。

 

情報を得た私はとる者もとりあえず往復で3時間ほどの距離にあるこのお店に駆けつけた。しかし、冒頭の写真のとおりの行列で、お昼どきの0時から1時間半ほど並んだあげく、品切れのため(昔から変わらず売り切れ御免方式)あと10数人のところまで行って撃沈してしまった。

 

その日は失意のまま戻ることにしたのだが、次の週最後のチャンスがやってきたため乾坤一擲の思いで朝の7時半に家を出発。現地に9時に着いたときにはもうすでに10人程度の並び客がいる状態。開店は通常11時であるが、閉店発表後客が押し寄せ、連日冒頭の写真のような状態になり、食べられない人が続出しているため10時半の開店に早めている。

 

多くの人が食べることができるよう、大盛の中止、一人一杯までと日に日にルールが増えていっているようだが、この最後のチャンスであった日、私の青春時代の幕切れとなる一杯の中華そばをようやく味わうことができた。

 

お店は店主の体調不良のため一時休業としてお休みとなるそうだが、体調が回復して再開するにしてもやるのは尾道の本店だけとなり、その他の支店は全て今月の18日を最後に閉店となるようだ。

 

写真は私がいつも注文する「油多め」のものだが、最大の特徴としては油の多さとスープの熱さにある。油の甘味とスープのコクが絶妙にマッチし、最初の一口は必ず舌を火傷するほど熱い。しかしそれがこれだけの人を虜にする最大の要因ともいえる。

 

本店がいつか営業再開することを祈りつつ、もし再開した暁には興味がある人は一度味わってみてほしい。

続きを読む≫ 2019/06/16 20:57:16

家を購入してからこっち、まだ住める状態にはしていないが毎日欠かさず通い続けている。まず家に着いたとき、私は必ず母屋の縁側の窓を開放するようにしている。家の掃除なりゴミ捨てなり改修なりといった作業は常に窓を開けることから始まるといっても過言ではない。

 

窓を開けているとたまに侵入者がいるのだが、思っていたほど小さい虫などが入ってくるわけではないことを新たに知った。そのたまにある侵入者の中にはハチであったり、オニヤンマなどもいたりするのだが、ここ最近頻繁に入ってくるのがタイトルのとおりツバメなのである。

 

今の作者の動きとして、午前中は農業をしながら午後に家の作業を繰り返す日々だ。農業の仕事は毎朝5時起きになるため、午後家に着くとまず縁側の窓を開放して30分程度お昼寝をすることがある。

 

基本的な知識としてツバメの子育てにおける天敵はカラス・ヘビ・ネコなどで、それらに襲われたときの防衛手段を全く持たない生きものである。そのためツバメを襲うことのない人間をガードマンのように考えているらしく、人間が頻繁に出入りする場所を好んで巣作りをする。

 

かといって、さすがに人間が立っているところに近づいてくることは基本的にはせず、気配はあるが過度の干渉の恐れがないような距離感を好むようだ。つまり、いくら窓を開けているといっても人間が部屋の中で普通に動いている状態の中に入ってくることはあまり考えられない。

 

そこで、私のお昼寝のタイミングである。床に横になって寝ていると頭上でピチュチュチュチュ・・・というさえずりと共にパタパタパタパタパタタタ・・・という羽ばたき音で目が覚めることになる。

 

そこですぐに立ち上がったりすると慌てて外に逃げていくのだが、横になったまま少々動くぶんには全く気にする素振りもみせず、部屋の中をぐるぐると周回しながら時に玄関のほうなどを確認したりと巣作りの場所を物色しているのがわかる。

 

部屋の中を2〜3周巡回すると外に出ていくのだが、何度か繰り返し巡回を終えると今度はつがいで現れ、2羽で具体的に検討している様子がわかる。撮っている写真は全て横になったままシャッターを切っていったのだが、一旦外に出ていくたびに撮れた写真の確認をしているとその確認作業中には再び2羽が戻ってきて数周飛び回ってはまた出ていき・・・と日の高いうちはずっと繰り返しているようで、またそのような目で観察していると大変興味深い。

 

しかしこれから改装するとはいえ、さすがに家屋内で巣作りをされてもフンなどの処理に困ることになるのでせめて軒先にしておいてほしいが、こうも頻繁に物色しているということはよほどこの縁側がある居間の雰囲気が気に入ったに違いなく、悪い気はしない。

 

何せカメラを構えている状態でも何度も出入りを繰り返すため簡単に写真を撮り放題だ。飛び回るスピードが速いためシャッタースピードをかなり速くしないと上手く捉えることができないが、そうすると右の写真のようにどうしても暗めの写りになってしまう。もう少し撮影の腕を磨く必要がありそうだ。

 

カメラの腕がいま一つなのは今に始まったことではなく、一昨年のブログも上手く撮れない報告をしている。ホタルの撮影などは相変わらず下手の横好きが続いている。ただ、この家は夕方19時を過ぎると周囲をホタルが毎日のように舞っているため、改修ではホタルがよく見られる裏庭側に鑑賞窓を設置することも計画中である。
続きを読む≫ 2019/06/11 18:23:11

ここのところ古民家ブログを順調にアップできているが、反対にそれ以外のブログが全く更新されなくなっている。全くネタがなかったわけではないのだが、古民家に関する記事がコンスタントに仕上がるため全て後回しになっていた。

 

冒頭の写真のヤギは近所で日ごろお世話になっている人が飼育しているヤギで、気が向いたときにエサやりに行ったりしている。人懐っこいヤギで、こちらの姿が見えるとじっと目で追い、柵に近づくとエサをねだりにすぐに寄ってくる。

 

柵の外に自生している雑草ならだいたい美味しそうに食べてくれるのだが、ヤギという生きものは自分の柵内の雑草には早い段階で飽きてしまうなど舌が肥えてくる生きものなのだそうだ。従ってここの飼い主もそんなヤギの胃袋を満たすためにわざわざヤギ好みの草を栽培しているようだ。

 

それから本日、集落では交流田というイベントがあった。これは普段農業とは縁遠い子連れの家族を対象として集落に招き、田植えと畑の種まきを体験してもらうというイベントだ。毎回多くの希望者がいるようで、人数を限定して抽選で当たった家族のみの参加となっている。

 

田植えで植えた稲と畑に植えたイモヅルは、集落の農業法人が管理し、収穫のときには「収穫祭」と称して再び一般から参加者を募るシステムとなっている。

 

田植えとイモヅルの植え込みが終わると全員で昼食を食べて解散となる。これらの交流会を集落の法人と市の農協が共同で行っているが、田植えと収穫祭以外にも水棲生物調査などのイベントもあるらしく、次回行われるときは私も参加してみようと思っている。

 

今回、我々は参加するだけで何らお手伝いをしたわけではないが、弁当タイムはご相伴に預かることができた。

 

そして、夜になると集落ではすでにホタルが見られ始めている。作者もこの集落でホタルを見るのが初めてで、6月初日には10程度の光が確認できた。まだ肌寒い時期での話である。これから暖かくなるにつれ数も増えてくるだろう。

 

特に我が家は小川に沿う形で建っているため、すぐ近くをたくさんのホタルが舞うことになるだろう。これから住むことを考えたらなんとしてもそういうものが家の中から見えやすい形で窓を設置するなどせねばと決意を固める。今の状態ではすりガラスがほとんどであるため景観的にかなり勿体ない状態だったりする。

 

また、左の写真は裏庭の山椒の木に停まって光っていたホタルで、立派なゲンジボタルである。今は仕事が終わるとすぐに家に向かい、改修などの作業を行っている。今まではそれが終わって夕飯を食べるために仮住まいに戻っていたのだが、今後はその後またホタルを確認するために我が家に戻るような動きになっていくかもしれない。
続きを読む≫ 2019/06/02 17:06:02

いつの時代でも一定数はいるだろう古代遺跡マニアの世界。オカルトとして軽視されがちな面もあるが、かくいう私も多感な時期にオーパーツなど歴史の不思議を知り、浪漫をかきたてられたものの一人である。

 

今回は、そういった遺跡などに興味のある人なら必ず楽しめるであろう地方の無名なテーマパークを紹介しようと思う。私が足を運んだのは美川ムーバレーという名前のパークで、以前はタングステン鉱の採掘をしていた鉱山跡にそのままコンテンツを作ったような趣になっている。

 

簡単に想像できるイメージでいうと、インディジョーンズのような地底探検の世界をリアルの洞窟内に作り上げたような世界になっていて、世界の様々なオーパーツなどと絡めることで古代文明の空気を満喫できるようなパークだった。

 

オーパーツという言葉を私が最初に目にしたのは確か中学生の頃だったと思う。多感な時期に興味をもった言葉であるため今でも言葉の意味を覚えている。out of place artifacts という言葉の頭文字を組み合わせた言葉だ。

 

ほぼ直訳の通りの意味で「場違いの出土加工物」のことを指す。ざっくばらんに言えば、何千年も昔の遺跡から電池の原理をもった機械が出てきたり、まだ南極が見つかっていない時代に作られた地図に南極大陸が明記されていたり、太古の時代のものなのに現代の飛行機と同じ形状の工芸品があるなど。

 

これらはつまり、現実に存在している(していた)にも関わらず、歴史の中でそれがあることで色んな齟齬をきたすために存在が認識されることのないものでもある。確かに数千年前にコンピューターのようなものがあったとすれば、全ての歴史をゼロから組みなおさなければならなくなるだろう。

 

だが、歴史の編纂に責任を持たない一市民にとって、こういうものを見たりすることでワクワクするのも抗えない事実である。そしてここで造られた遺跡(のような加工物)はかなりクオリティが高く、見ているだけで楽しめた。

 

パークの中は本物の鉱山跡だけに至る所にトロッコの残骸などがあったり、本物の地底湖があったり、洞窟内に急に滝が出てきたりと、探検家さながらの気分が味わえ、それらを謎解きをしながら進んで行く形式がとられている。

 

この謎解きも難易度が3段階に分かれていて、私は最高難度のものをやってみたが、かなりやりごたえがあり(子供ではクリアは相当困難と思われるほど)大人でも楽しめる作りになっていた。

 

食事もパークの雰囲気を損ねないようなピラミッドを意識したカレーで、スプーンはシャベルの形状をしたオリジナルのものが使われているなど、思わぬ徹底ぶりで、地方でこじんまり運営するのがもったいないほどの好印象だった。

 

興味のある方は是非一度行かれてみることをお勧めする。

続きを読む≫ 2019/01/07 11:16:07

2019の賀正です。本年もよろしくお願いいたします。

 

初詣に行くとしたら、私の住む吉田町では清神社(すがじんじゃ)が知られた場所になる。広島市内にいた頃と較べると、片道2時間弱ほどで出雲大社にも行けるのでそういう選択もあるかもしれない。

 

出雲には先日フラッと行く機会があったため今年は近場の清神社に参詣してきた。以前に郡山城址で記事にした山の一角にたたずんでいて、鎮守神として毛利氏代々の尊崇を受けてきた寺だそうだ。

 

解説によると、1325年の棟札をはじめ、16代に渡る棟札が現存しているらしい。棟札とは建築の際に記念として屋根裏の一番高い所などに作者や施主名などを書いて貼る札のことで、私の探す古民家などでも昔のまま残っているものには当たり前に見られたりする。

 

毛利氏で一番有名な元就や輝元などの名前も当然残っているそうで、古建築を見るのが好きな私からしたら是非にも拝みたいところだが、今回は機会を得られそうにない。

 

ちなみにこの神社、吉田町を本拠地としている地元プロサッカーチーム、サンフレッチェ広島がチーム全員で毎年必勝祈願に訪れることでも知っている人がいるかもしれない。

 

その佇まいとしては、神社の入口に植わる見事な杉の巨木に尽きる。本殿に向かう階段を登りきると、5本の巨大な杉が境内に横並びにそびえ立ち、本殿よりもそちらの方に心を奪われてしまう。

 

過去にこの境内の杉が台風によって倒れたことがあるそうで、その倒れた杉の年輪を測定したところ1200年以上前のものと出たそうだ。今残っているこれら5本の杉も幹回りが太く、近くにいる大人がとても小さく見える。

 

今年こそ古民家住まいを現実のものにできるよう私達も祈願し、おみくじを引いてみた。嘘のような話、私も妻も家移りの項目を注視してみたのだが、出た結果は二人とも「よろしからず」。こんなことって、あるのだろうか・・・
続きを読む≫ 2019/01/06 17:17:06

田舎で暮らすことの利点はたくさんあるが、そのうちの一つに農作物やそれに関わる虫や動物との触れ合いやすさというのもあると思われる。

 

私が子供の頃、市街地といえど畑や田んぼがまだギリギリ散在していた時代だったといえると思う。近所の畑で青虫を探したり、田んぼではザリガニを獲ったり釣ったりしていた人も多いのではないだろうか。

 

しかし、時代がさらに進んだ今、都市部で生活する中でそれらに触れることができる場所というものはほとんどなくなってしまっているのが現状だ。そして、私の経験則ではあるが、都市部で育っている人ほど虫や動物を極端に恐れる傾向にあるような気がする。

 

そういったものに対する免疫の大部分は、各々の幼児体験などがかなりのウエイトを占めるのではなかろうか。少し話がそれかけたが、今回は家から比較的近いところにある観光農園に行ってみた。

 

季節毎の果物狩りを楽しみにしている作者が、とりわけ贔屓にしている果物がある。イチゴとサクランボだ。調べてみてから知ったことだが、今住んでいる場所からそう遠くない場所にその二つとも楽しめる場所を見つけた。

 

ほとんど事前情報をとらずに行ってみたのだが、これが結構な規模の農園でなかなかに楽しめる場所であることがわかった。時期も2月真っただ中で、全国的に大雪に悩まされているところだが、そのような悪条件にも関わらず想像以上のお客が入っていた。

 

しかも、一番の年配はどう見ても我々であるくらいに年齢層が若い。この田舎町においてはイチゴ狩りも若者の一大レジャーになり得るらしく、かなり有力なデートスポットでもあるようだ。

 

肝心のイチゴだが、我々が楽しんだのは「章姫(あきひめ)」という品種で、私自身初めて食べた品種だ。最初売り物のパッケージに入っているものを見て一粒の大きさに驚いた。

 

「売り物のやつは選ばれし勇者たちで、実際われわれが食べさせてもらえるところのものはさほどでもないその他大勢のやつに違いない」そうタカをくくってビニルハウスに入る。

 

結果からいうと、あまりの大きさに理由もなくテンションが上がってしまうほど、掛け値なしで巨大ないちごを食べることができた。大きくて味が大雑把なのかと思いきや、果肉がしっかり詰まっていて甘い。品種についてさほどの興味も持っていなかったが、これからは少し注目してみよう。そう思わせてくれるのに十分なものであった。

 

また、フルーツ狩り以外にも色んな体験イベントが用意されているらしく、獲った果物を使って缶詰にしたり、ピザを作るようなこともできるらしい。離れの建物には結構な人数で使用できる調理コーナーがあり、カフェも併設されている。

 

写真はそこで目に留まったジビエドックというものを食べてみたときのものだ。こういった細かいものが用意されているところも若者にウケが良い理由なのかもしれない。

 

また、この農園では動物と触れ合うこともできる。我々が行ったときは雪が深く、ほとんどなにもできない状態であったが、藤棚の下でバーベキューができるなど春から夏にかけて行ってみるとより楽しめるかもしれない。

 

動物のほとんどは暖かいハウス内で過ごしていたが、ウシのエサやりがほぼ独占状態でできた。我々以外に恐らく客がいなかったのであろう、エサを見るとウシの目つきが変わり、すごい力で私が持っているバケツごとさらうように持って行った。

 

続きを読む≫ 2018/02/11 15:41:11

今回は近況のこまごましたことをお伝えしようと思う。以前、このブログで禁煙を宣言してから半年以上が経過した。

 

最初の一週間くらいは我慢している感が強く、その前後のブログにも書いている通りだったが、半年も経ってしまった今となってはすでに全く苦でない状態にまでなっている。

 

タバコをやめて以後、劇的に変化したことが2つある。一つは以前にも触れたとおり嗅覚が格段に鋭くなった。昔から匂いには敏感なほうで、香水などは大の苦手だったが、今となっては10m先の香水の匂いも判別できる。

 

だがもう一つの変化のほうが実は劇的で、自分の人生では起こりえないと思っていたことが起こってしまっている。いわゆる中年太りというやつだ。5歳で肺炎が発症して生死を彷徨って以後、何をしても太らず、全く肉が付かない体質で40数年を過ごしてきた。

 

長年のコンプレックスだっただけに自然に体重が増えていくようになったこと自体は喜んでいたが、あっという間に人には見せられないほどお腹周りが大きくなってしまい、逆に慌てて標準体型の維持をしていこうと思うようになっている。

 

また、新年の挨拶あたりでも触れたと思うが、古民家探しも想像以上に時間がかかっているため、当初の予定を変更して仕事を始めてみた。

 

私にとっては古民家とその改修を最優先したいため、正職員という選択は避けたかった(あまり遠い場所の物件は選べなくなるため)。可能な限り労働日数に融通の利くアルバイトという形で、今後自分が携われるきっかけにできるような仕事を探した。

 

今後の仕事として一番考えているのは農業という分野だ。仮に違う仕事に就いたとしても、家庭菜園か兼業農業くらいのことはやっていきたいと考えていた矢先でもあった。

 

農協での仕事や専業農家での雇われなど現時点で考えられる選択肢がいくつかあったが、上記の条件などがある今の私にうってつけと思える仕事があったのでそこでアルバイトをさせていただいている。

 

雇い元は福祉系の会社で、私が福祉系の分野で興味の強かった小規模多機能型施設を運営している。その施設が所有している土地を使い、利用者と一緒に農作業をしながら畑の管理運営をする仕事である。

 

私の位置づけとしては、あくまで農作業がメインの仕事であるが、農閑期である今の時期にはできる作業もある程度限られてくるため、空いた時間では施設のお手伝いをするという形だ。

 

会社としても初の試みであるらしく、私とその法人の理事長とでシステム作りから参加させてもらえることになった。これだと今後の仕事を考える上で大きな経験になるし、過去の経験も活かせる仕事にもなる。

 

また、話は変わるが、雪道の運転にもだいぶ慣れてきたと思った今日この頃、ヒヤリとする事故未遂を起こしてしまった。石川や福井が2m近い大雪でニュースになっているさ中、我らが北広島でもmax170cmの積雪を記録したということで怖いもの見たさもあり出発。

 

ただ単に好奇心からだけではなく、今後自分達が田舎暮らしをしていく上で必要な経験値を駆け足で獲得しておきたい気持ちがあった。さすがに物件検討地域として1m以上の積雪があるような場所を選ぶことはないのだが、知っておくことは必要なことだと思える。

 

状況によってはたくさん写真も撮っておきたかったのだが、現地はあいにくの吹雪で視界が最悪の状況だったため撮影は断念。すでに道の両脇には車の天井よりも高い雪の壁が延々と続き、初見の道では溝やガードレールがあるのかないのかすらわからない。

 

路面はほとんど踏み固められた雪でツルツルになっている状態で、絶えずスリップと闘いながらの道中だ。タイヤが小さくスリップするのを感じながら緩い減速とハンドルで軌道修正しながらの運転を余儀なくされる中、ほぼ真っ直ぐに近いような緩いカーブで後輪がスリップするのを感じた。

 

ブレーキを踏むと回転すると予見できたため、エンブレとハンドルだけで修正に入ったつもりだったのだが、思ったようにハンドルが利かない。利かないことに焦りは覚えたがブレーキは踏まず、スピードも出ていなかったため雪に止めてもらおうと路肩の雪壁に敢えてぶつかった。

 

衝撃もほとんどなく、車体・人体とも見た目での損傷は全くないものの、車は完全に側溝にハマってしまっている状態で単独での脱出は困難となってしまった。幸い事故った場所が民家の前で、屋人が庭先で雪掻きをしている最中だったためすぐに応援に駆けつけてくださった。

 

その後も2〜3台の車が停車後応援にきてくれ、埋もれた雪周りを掻き出し、溝を雪で固め、タイヤにむしろを敷いて、たまたま通りがかった除雪車にロープで引っ張ってもらいつつ、ようやく脱出に成功したのだった。

 

後々検証した際にわかったことだが、後輪がスリップして立て直しを図るまでの短い間にタイヤが側溝にハマってしまったためハンドルが利かなくなっていたようだ。道の脇にはタイヤ2本分くらいの幅の溝が隠れていた。

 

スタッドレスと4駆であることにあぐらをかいていたわけではないと思うが、軽トラは軽いため後輪が浮いてスリップしやすい。以前、雪道に慣れた人にその防衛策として「荷台の後ろに重りになるものを載せておくといい」とアドバイスを受けたことがあり、その通りだと思った。

 

以上、近況こまごまでした。

続きを読む≫ 2018/02/11 09:36:11

先日妻方の実家のとんど祭りを見学してきた。古くなったお守りや神札を焼いて無病息災を願う伝統行事で、私の実家近辺ではやったことのない祭りである。全国的にもやっている場所は多いため名前は知っていたが、参加するのは今回が初めてだ。

 

私が見に行ったところで行われていたやり方は、竹を円錐状に並べて燃やすというよく写真で見る形のものである。火が燃え尽きる頃に餅を焼いて参加者で食べることになるが、そのほかにも豚汁や焼き芋などが振る舞われていた。

 

印象的だったのはその豪快ともいえる焼き方で、大きく黒い灰を大量に巻き上げながら周囲に降り注いでいた。竹も処理されてないものをそのまま燃やすためバチンバチンと爆ぜ、運が悪いとそのまま当たりそうな勢いを感じた。

 

こんな感じでごく近くの集落単位で集まってやるとんど焼きをこの時期になるとあちこちで見かける。雪が積もった中での行事のため空気がヒンヤリしているが、当日は晴れていたため空気がおいしく、寒い中で食べた豚汁もなかなかに美味い。行事云々よりも食い気につられる気がした。

 

グルメついでに道の駅布野夢ランドにも寄ってみた。三次の北部で島根県との県境付近に位置する布野町は畜農業が主な産業になっている。写真にあるログハウス調の喫茶店では地元の牧場で飼育されているダチョウの料理を扱っていることで根強いファンがいるという。

 

ダチョウ肉は他の食肉と比べても低脂肪、低カロリー、高たんぱく、高鉄分でヘルシーな食肉らしい。しかもその身は赤肉であるため鉄分やミネラル、ビタミンも豊富に含み、味は牛肉に似てやわらかく癖がないとされている。

 

色んなダチョウ料理ができるようだったが、とりあえず一番目につく看板料理っぽい書き方であったダチョウカレーを注文した。ルーの方が肉で煮込んであるほか、モモ肉の串揚げがついてくる。

 

油も強くなく、すんなりと胃に入っていく感じでヘルシーな味わいだ。別段予備知識なく行ったため私個人的な期待値はさほど高くなかったのだが、味は想像のはるか上を行くほど旨かった。特に女性には好評と思われるので、やることがなくなったカップルが気分転換のデートとして行ってみるのもアリかと思う。

続きを読む≫ 2018/01/24 09:09:24

年始の挨拶としてはずいぶん遅くなってしまいましたが、本年もどうぞよろしくお願いいたします。

 

前回からブログ更新を2カ月もさぼってしまった。見てくださっている方何名かからご指摘をいただいてはいたのだが、年をまたいで祖父の状態が思わしくなかったことや生活のこまごましたことなど諸々がありなんとなく筆が進まなかった。

 

その祖父が、先日鬼籍に入った。私にとってはとても優しいおじいちゃんで、何をしても怒らず甘やかしてもらった記憶しかないほど温厚な人だった。思い出はたくさんあるが、そのほとんどが許してもらったことのように思える。

 

私が幼少の頃は腕白で悪戯ばかりする子で、親を含め親戚一同に叱られたり窘められたりすることが一番多い人間だった。どこに行っても周囲の大人たちの表情を曇らせてしまっていたような子供に対しても、しかめっ面ひとつみせたことのなかった人だ。

 

左官の棟梁をしていたのだが、私を含め従兄弟や親戚のほとんどは年頃になったときにアルバイトという名の小遣い稼ぎをさせてもらうのが一族の通過儀礼のようにもなっていた。

 

従って、これらの体験が今の私の建築に対する興味のルーツになっているともいえるだろう。

 

今年こそいい家が見つかりますようにと祈る気持ちの傍ら、期間が長くなってしまったので一時的にでも仕事を探すことになりそうだ。

 

 

 

 

 

続きを読む≫ 2018/01/22 11:58:22

今回はこのホームページの来歴と訪問者について書いてみようと思う。まず、ブログを始めた直接のきっかけとして、東京暮らしから地元田舎にUターンしてきて生活に変化が出ていることがある。

 

東京にいた頃にはそこまで強く感じることもなかった身の回りの細かい変化や、四季の移ろいなどを発信して地元を紹介していこうと思ったことが大きくある。変化を感じないというのは都会に感じさせる要素が少ないという意味ではなく、生きるために忙しすぎて(必死すぎて)感じるセンサーを鈍感にしていてもなんの痛痒もなく生きていけるという意味だ。

 

このブログのタイトルを「のんびり田舎ぐらし」としたことにだって実は意味がある。実は、田舎で暮らしている人を少しでも知るととてものんびり生活している人なんて見当たらないほど忙しい生活スタイルを多くみかける。

 

都会ではほとんどないような近所付き合い、年に数回ある地元の祭りの役員だったり、消防団などを担当することになったり。また、時間が空けば伸びた庭の草刈りをしないと近隣から苦情が届いたりする。普段の仕事と生活のほかに、多くの時間を必要とする役目などを避けて通れないため下手すると都会人よりも忙しい。

 

ではなぜ「のんびり田舎暮らし」なのかというと、それらの役目を全て避けていこうということではなく、四季の移ろいや周囲の細かい変化に気付けるような心のゆとりのある生活を送っていきたいという私なりの決意表明のような意味合いがあった。

 

当初はもっとあっけなく古民家を買っている予定だったため、可能な限りデイリー更新でDIYリノベーションしていく様子を伝えるブログを作ったつもりであったが、残念ながらこれはまだ家がないため出来ていない。もちろん目的は今現在も変わることなく、最終的にはそこを目指している。

 

それならせめてそこに辿り着くまでの慣らし運転にと、田舎や山や川に関するような内容の記事を気の向いたときにアップするようにしている。当初は「誰が見るんだこんなもん」という気持ちもあったが、おかげ様で想定よりもずいぶん多くの方に見てもらえているようなので報告させていただこうというのが今回の主旨だ。

 

ブログやホームページを作ったことのある人なら誰でも関わったことがあると思うが、このページにも実はデータ解析ツールを入れさせてもらっている。このツール、昔でいうところのアクセスカウンターが進化したようなものなのだが、機能が凄すぎてなかなか使い切れていない。

 

普段私が目にすることが多いのはアクセス数の部分で公開はしていないのだが、隠す意味もないため気が向いたら報告していくつもりであった。5月の頭にページを開設して丸半年が過ぎた今の累計訪問者は1801人だそうである(11月17日現在)。

 

この訪問者という中には私自身や身内の閲覧は全く含めておらず(アカウント除外)、また、例えば同一人物が時間を空けて一日に複数回アクセスしてくれた数もカウントされていない。純粋に訪れてくれた人数がわかるようになっているものだ。

 

そして、私が最も重視している数字は訪問者数ではなく、ページ閲覧数だったりもする。こちらは同日現在で4198ページとなっている。このホームページの構成上、多くの人は最初のページ(過去20件のブログがトップページで見れる)だけを見て終わるケースが多い。ほぼ9割に近い訪問者がトップページだけで終わる状況といえるが、たまにたくさんの記事と画像を閲覧してくれている人がいるというデータだ。

 

半年でこの数字を多いと観るか少ないと観るかは意見が分かれるところかもしれないが、少なくとも私の予想よりははるかに上回っている数字である。アメブロなどの人気どころでブログをやったことのある人などからすれば逆に少なすぎると思われるかもしれない。

 

当初、開設したことを友人数名にお知らせし、そのあたりが閲覧一巡すればもう伸びないだろうと思っていた。宣伝も全くしてない非営利目的の個人営業としては上等の数字のように思う。

 

アクセスが少ないのは個人営業の不利なところだが、利点を挙げると、ブログとしてのデータが消去される心配がないことや、ごちゃごちゃとした広告やリンク・バナーなどを自分の意志に反して貼られることがないなど。

 

ブログ形式だがコメント欄を設けていないのは、敢えて一方的配信でいいと作者が思っているからだ。というか、毎日コメント欄をチェックしてリプライする作業がそのうち苦痛になるだろうと予想されたからでもある。

 

ただ、他者の意見や感想を聞くことについては興味があるためメール送信リンクを用意させてもらっている。これだとほとんどの人が気軽にコメントできず、アクセス数に比してメール数はかなり少なくなるが、そのくらいのペースでのやりとりが丁度よいと感じている作者だったりする。もちろん友達にメールするような軽い感覚でメールしてくれることも大歓迎だ。

 

さて、そんな中、先日ある方から連絡があった。「淡水魚」という数十年前に廃刊になった貴重な雑誌を電子書籍化して無料配布するという活動を行っている方で、個人でとても興味深い活動をされているのだが、私のゴギの産卵という記事を見てリンクを貼らせてもらったというお知らせだった。

 

学会や関係者と様々な連携をしながら重要な活動をされていて、他の記事を読ませてもらっても行政関係や専門家のガチの活動報告記事などが掲載されている中、私のブログ程度のものが貼られることに場違いな観はあるものの、長くこういうことを続けると色々あるものだなあとしみじみ感じた今日この頃である。

 

興味のある方はこちらでご覧あれ。

続きを読む≫ 2017/11/17 09:51:17

余談になるが、禁煙を始めて3カ月半が経つ。今現在は仕事がらみなどでの人付き合いが全くない環境のため、何の苦も無く禁煙できている。よく禁煙をするとご飯が美味く感じると聞いていたが、私に関しては今のところ全く感じない。

 

そのかわり、タバコを絶って以降匂いというものに非常に敏感になった。もともと匂いフェチなところもあるが、嗅覚が鋭くなり、周囲の変化などをより敏感に察することができるようになっている。それは新鮮な喜びにもなっている。

 

さて、冒頭のとおり、スターについてである。ちょっと定義付けの難しいものになるかもしれないが、大抵だれでも一人くらいは有名人として畏敬の念を持つ人がいるのではないだろうか。

 

個人的に、音楽に対する興味がなくなって久しいが、そんな私でも未だに昔憧れたスターのライブだけは気になってしまう。過去に特殊効果の仕事をしていて身近すぎたせいもあるのか、ライブや有名人など基本的にはほとんど興味のない人間である。

 

というわけで行ってきました。沢田研二50周年のコンサート。往年や晩節を汚す芸能人が多い中、50年前から一貫して歌手として活動し、毎年新曲を出し続けているスーパースター。

 

普段あまり過去の曲をライブでやらないみたいだが、50周年ということで過去50年のヒット曲ほとんどを網羅した50曲を1分程度にアレンジした形で歌うとなれば、見たいと思うのは当然だろう。

 

私はどちらかというと、過去80年代くらいまでのジュリーが好きなだけのニワカファンではあるが、3分の2くらいはわかる曲だった。東京に行って間もない頃(20年くらい前)ライブに行ったときもそうだったが、この人の声質は本当に変わらない。歌もカッコいいのが多い。

 

まず、50年間休みなく歌い続けていること自体が稀有なことだが、歳をとっても変わらない声で歌い続けられるというのはよほどのプロ意識の高さだと証明できるのではないだろうか。

 

周囲はほとんど年配の方々で、私らが一番若かったかもしれないような客層だったが、ものすごくいい歳をしたお姉さん方が昔と変わらない黄色い声で「ジュリー!」と叫んでいるのは一周周ってすばらしいことだと思う。

 

普段あまりライブなど進んで行く方ではないが、この勢いでさだまさしのコンサートも行ってみることにしよう。

続きを読む≫ 2017/10/29 11:10:29

しばらく前に三次での鵜飼についての記事を書いた。そこのところで少し触れたワニを食べる習慣があるという一文。ひょっとしたら勘違いした方もいるかもしれないが、このへんでいうワニとはあの恐竜のようなクロコダイルのことではない。

 

古くは日本古事記に出てくる「和邇」という固有名詞からくる由緒正しいサメの呼び方なのである。今回は、ブログを読んでくれた友人からのリクエストもあり、ワニ料理の食レポに挑戦してみた。

 

いつも使う道でただ食べに行って帰るだけもつまらないので、道中まだ使ったことのない山越えの道を走ってみることにした。以前にも書いたが田舎道というのは信号がなくて都心に比べるとストレスがかからないことが多い。

 

ただ、田舎で流れる時間というのはゆったりしたもので、時速3〜40kmくらいの低速で走る車に必ず行く手を阻まれることになる。都会暮らしの長かった私にはまだその遅さに免疫がないため、あらゆる手を使って低速車を回避しようとする。

 

その手段で今のところ最も有効なのが、信号のない山道を走るというものだ。あらゆる暇をみつけては新しい道を開拓している。今回もその発想のもと、地図にギリギリ載っているような道を使った。

 

こういう道は地元であってもあまり知られていないことを見つけたり、新しい発見などがあって面白いことが多い。今回は、ほとんど車とすれ違わないような道だったが、ブドウの大農場があることを知った。

 

地元はピオーネの有力な産地であったらしい。子供の頃はよく食べたが、大人になってからはあの種が面倒であまり食べなくなった。時期的にちょうど収穫が終わったくらいだろうか。来年は意識して食べてみよう。

 

さて、ワニ料理である。郷土料理というからには、本来は個人がやっているような小ぢんまりとしたお店で食べてみるのが正解かもしれない。ただ今回は、前からよく目についていた冒頭の写真のお店に行ってみた。

 

地元では有名な海鮮系料亭で、店内には川が流れていてすぐ手が触れられるような場所にエイが泳いでいるようなお店だ。境港から直送されたたくさんの魚の味が楽しめる一見高級な雰囲気の店だが、値段は都会の飲み屋の代金とそう変わらない。

 

ワニ料理はいくつか種類があったが、セットやコースというのをやっていなかったため単品としていくつか注文してみた。まずは右の写真のとおり、刺身である。保存技術が未発達だった昔でも生食ができるとして広まったといわれるそのピンクがかった身は弾力が強く、噛み応えがあった。

 

ワニ料理全般そうだったが、若干の臭みがあるためそれを感じさせない工夫がされている印象だ。前出刺身でいうと、生姜を入れて食べるのが地元での食べ方らしく、身の味を純粋に味わうといった類のものではなさそうだった。

 

その他にも、シソや大葉を挟んで天ぷらにしたものや、朴葉焼きにしたものもあった。串焼きも食べてみたがやはり生姜醤油や濃い味噌をつけて食べるのが主流のようだ。

 

海と全く縁のない山地で食べるサメということで真っ先に頭に思い浮かぶのは、キャビアを産むチョウザメかもしれない。私も養殖している場所で実物を何度か見たことがあるが、場所によっては身を食べる習慣もあるだろう。味はなかなか美味と聞く。

 

ただ、厳密にいえばチョウザメはサメではなく、古代魚のような生きものである。今回お店の人に聞いてみたところ、ここで出ているものはネズミザメという種類のサメらしいことがわかった。サメ肉は一般的にアンモニア臭が強いと言われるが、その中でもとりわけ臭みが少なく食用としてよく利用されるらしい。

 

まだまだ知らないことは多い。これからも田舎の面白い発見があれば報告しよう。

続きを読む≫ 2017/09/30 01:11:30

広島カープが優勝した。昨年から続き2連覇となったわけだが、去年は東京にいたため地元の盛り上がりを感じることができなかった。まさか連覇するとは思っておらず、去年見れなかったパレードや優勝セールが見られそうで何よりだ。

 

優勝をかけての阪神との最後の3連戦、母親つてでチケット4人分が手に入ったため私ら夫婦と母親と甥っ子でマツダスタジアムに行った。雨予報で少しだけ降ったが、屋根のある場所の内野席で全く濡れずに観戦。試合は逆転に次ぐ逆転でサヨナラ2ランで勝利。この日でほぼ優勝を確実なものとした。

 

優勝が決まった翌日から3日ほどがセールのピークらしい。さっそく時間を作って主要な店を覗いてみた。あわよくばDIYに使う予定の工具一式が少しでも安くなるのであればここで買っておきたい。

 

電気屋、スポーツ店、ホームセンター、スーパー、飲食店など至るところでセールのチラシを見かけたが、私が見た中では電気店の10%オフがそれらしいといえばそれらしい。オフということでどうせ買うことになるカメラのメモリーカードを買ってみたが、10%オフ→消費税8%で結局ほぼ店頭価格になってしまうため全く安くなっているという感覚はなし。

 

飲食店などで個人営業の店などを中心に頑張って値下げを断行しているところもあるにはあるが、ものを売る店に関しては総じてしょっぱいセールをしている。ひどいものになると、優勝セールにかこつけて一儲けしようという下心がスケスケの商品も散見された。

 

というわけであわよくばと思っていた電動工具なども、私が見た限りでは値下げしている店すら見つけられず、残念無念の極みであった。

 

私のイメージでは、お店側は赤字スレスレか大幅赤字を承知で、数売ることで在庫一掃するようなものが優勝セールで、そこには利益や金勘定が度外視されたある種お祭りのようなものと思っていただけに少しがっかりした点もあった。

 

結局、私が一番恩恵を預かったセール商品といえば、からあげクンである。広島にあるローソンでは、カープ優勝から一週間の間、からあげクン通常200円5個入りのところ、8個入りのセールをしていたのだ。それも、同じ味を8個ではなく、普段5個入りのパックが4個入りになっていて、いつもの200円で2パックを選べるという消費者にはありがたいセールだった。

 

これだと、時間がないときや面倒なときなどにこれだけ食べておけばまあ腹持ちは悪くない。私の中で今回のセールの一番のヒットであった。

続きを読む≫ 2017/09/25 12:55:25

ここ数年のプロ野球の盛り上がりがすごい。

 

広島カープの試合などは、販売開始早々売り切れなどで普通の観戦者には手の届かないものになっているらしい。そんな中なにかの抽選が当たったとかで2名分のチケットが手に入った。

 

大阪・東京にいたとき、プロ野球の話題になるとよく聞かれた質問が、「やっぱりカープファンなんですか?」というものだった。これに対する私の返答は決まっていつも歯切れの悪いものである。

 

広島市内で産まれ育った私は、物心ついたときにはすでに周囲がカープを当たり前のように応援するような環境で育ってきた。夕飯時になると当たり前のようにテレビで中継を見、赤ヘル旋風などの歴史をギリギリ世代ながらもほとんど目にしてきている。

 

子供の頃かぶった帽子といえば赤地に「C」のロゴ入り帽子一択で、周囲にはカープ選手との触れ合いの経験や近しく付き合いがあるような逸話が溢れかえっていた。

 

もうなんというか、広島っ子にとって広島東洋カープという球団は体の一部というか、自分のアイデンティティの一部といってもいいようなものになっているらしい。試合に負ける姿を目にするといいようのない悔しさを感じるし、勝つ姿を目にすることがあると理由なく嬉しい。

 

こういうのはファン、というものだろうか?私のイメージするファンというのは、ユニフォームなどグッズを身に着け、みんなで盛り上がりながら応援するようなものだが、自分には全くそんなところがない。

 

なんせグッズなどにお金を落としたことはないし、選手の応援歌なども一切覚えていない。選手との握手やサインなどを欲しいとも一切思わないし、基本的には普段あまりプロ野球について考えたりもしない。

 

ただ、歴代の選手の名前と顔、ある程度以上の特徴はわかるし、試合はいつでも好きなだけ観れるよう、スカパーで見放題契約をしている。がしかし毎日必ず観るわけでもなく、観たとしても負けるとわかった途端チャンネルを変えてしまう。

 

以上を鑑みて、周囲にはカープファンではないと伝えるようにしている。強いて近い言葉を探すとすれば「広島びいき」くらいの温度がちょうどよいかもしれない。

 

さて、観戦である。17年シーズンは序盤から爆発的な勝ちが続いていたカープだが、ここしばらくはやや失速気味である。つい先日は横浜に3試合連続サヨナラ負けという過去に記憶のないような負け方をしてしまっている。

 

データが示すとおりホームではめっぽう強く、本日も勝ち試合となった。陽が落ちる直前の夕焼けが見事で、こういう光景は野外球場ならではのいい部分だと思った。

続きを読む≫ 2017/08/29 18:58:29

タイトルとは関係ないが、禁煙後2週間が経った。相変わらず食事後は手持無沙汰でときどき吸いたくなるが、それ以外は特に意識することもなくなっている。禁煙は順調といえるだろう。

 

目下、禁煙よりも私のストレスを高めているのは長く続いている悪天候である。梅雨明け宣言以降、雨が降らない日があっただろうか?少なくとも、私が行きたい場所のここ2〜3週間の予報で降水確率0%の日は一日もなかったように思う。

 

台風やゲリラ豪雨の被害も聞かない年はないくらいに頻発している。一昔前ならひどく気にかけたであろう地域での災害も、ここまで当たり前化してしまうとつい聞き流してしまう自分がいたりする。完全に麻痺してしまっている。

 

さて、広島の田舎における夏祭りである。

 

私の知る限り、広島の田舎で夏祭りといえば盆踊りか神楽という2パターンが頭に浮かんでくる。海沿いの場所では盆踊りがメインになっているイメージが強く、山間部であれば神楽という感じだ。もともと学生時代にさほど祭りには参加しなかったため、広島を出て自立後に知った知識のほうが多い。

 

今回は山間部の田舎における、典型的な祭りといえるようなものに参加してきた。とにかく山間部では一にも二にも神楽である。

 

地元の学校のグラウンドなどにステージを設け、見に来た地元民などが敷物などの上にくつろぎながら夜中まで行われる。神楽の演目も、土蜘蛛や紅葉狩など人気のものはほぼ網羅されてあり、最後には八岐大蛇で締めるというパターンだ。

 

広島市内は沿岸部であり、少なくとも私が子供の頃、神楽というものを見る機会は全くなかったと言っていい。見る機会どころか、知る機会すら皆無であった。それが少し沿岸部から離れるだけで、近在の子供でまず知らない子はいないほど人気の伝統芸能なのである。

 

近年では県外にも広めていくよう活動が活発になっている神楽だが、県外での公演となった場合、どうしても劇場などの比較的大きめの箱でやらざるを得ない。そうするとどうしても観る方にも緊張が生まれ、クラシックコンサートを観に行ったような気分になる。

 

そういうものもたまにはいいかもしれないが、私の好きな神楽はやはりこういう雑多な場所でフリー観覧で行われるもので、リラックスして観れるのがいい。あまりにもリラックスしすぎた環境のため、必ずハメを外しすぎた子供や大人が数人目に付く。田舎の祭りというのはそんなイメージだ。

 

この日は神楽の他にも、地元小学生による吹奏楽演奏や、こども神楽も行われた。こども神楽といっても大人顔負けの演技をする団体もあり侮れない。そして神楽の中盤くらいには、鬼と道化(チャリというらしい)による掛け合いや、観客へのなだれ込みなどもお約束となっている。

 

今回この祭りを選んだのはタイミングがよかったこともあるが、妻のお気に入りの神楽団が参加していたからでもあった。安芸高田市内には全部で21の神楽団があるそうだが、通になってくると団による違いも楽しむようになるらしい。

 

興味がある人はお祭りに参加してみてはどうだろう。

続きを読む≫ 2017/08/05 15:10:05

土曜日に宣言した通り、禁煙を始めてみた。本日で4日め。

 

正直、東京にいた頃、自分が禁煙するなどは考えられなかった。日々のストレスの数少ない解消法だと思っていたし、吸うと落ち着くことも多かったように思える。

 

なぜ今回禁煙を意識したのか、実は自分でもよくわかっていないところもある。田舎で暮らすようになって、生活リズムはとても良くなっている。朝晩の散歩はたまにするくらいになってきたが、その代わりにここ数週間は毎日ランニングをするようになった。

 

長年の運動不足がたまっていたので、まず最初1kmくらいから軽く流すつもりで始めたランニングだったが、軽く流すどころか、終わったときにはしばらく言葉を発することもできないほど虫の息になってしまった。

 

さすがにマズイと思い、少し肉体改造を考えようと思ったのが間接的なきっかけであったかもしれない。それからしばらくは普段通りの生活を繰り返していたが、走る前しばらくの時間吸わないときと、走る直前などに吸ったときとで明らかな差があることに気づいた。

 

気づいてからは走る前2時間くらいの間は我慢するようになり、その延長で禁煙もあっさりと開始してみたという流れである。

 

あまり自分にプレッシャーをかけない程度にサラリと始めてしまったが、もう4日目になってしまっている。サイトなどで情報を得ると、最初の3日間が最も辛く、耐え難い期間であるらしい。確かにこの3日の間、以前吸っていたときの動きを無意識にしてしまっていることが多かった。

 

ガムだけでごまかしながら続けているが、いつまで続くだろうか。

 

続きを読む≫ 2017/07/25 17:48:25

3連休の最終日。日本列島の最果てを目指してみることにした。意外と知名度が低く、興味がない人はほとんど知らない「角島」という列島の南国だ。

 

なぜ景色の割に知名度が低いのかというと、高速を降りてから1時間半という交通の便の悪さに尽きると思う。私も周囲からその綺麗さなどいい話を色々と聞いていたが、辺境の地であるがゆえに行くことをためらいつつ今に至っていた。

 

一度行っておきたいと思いつつ、片道4時間ほどかかることを思うとどうしても他の場所を選ぶことを優先させてきたのだった。高速IC美祢(みね)で降り、特牛(こっとい、と読む)という変わった地名を目指し進む。海に行くため、緑だけの変化のない山道を延々と進まなければならない。

 

天気はやや雲がかっていたところからのスタートとなったが、現地に近づくにつれ青空も見え、猛暑ぶりが尋常ではない。現地は噂にたがわぬ遠浅の綺麗な海が拡がり、海水浴客も多かった。

 

今日は一度様子見に行っただけのためほぼ下調べもしておらず、海には入らなかったが、海水浴場にも「ウェットスーツ着用禁止」の看板が貼ってあるなど、泳ぐことがメインのようで、潜っている人はアワビ・サザエ漁をしている地元の漁師しか見当たらなかった。

 

そうなると、私がやることとしては海の幸を味わうしかやることがないではないか。

 

というわけで、とらふぐか剣先イカかさんざん迷ったあげく、イカの活き造りをたべてみた。美味い。最近流行りのアニサキスなどこの旨さの前では全く気になるものではない。限定食のため、私の注文後あっという間に品切れ状態になったのも頷ける。

 

皆さんも是非ご賞味あれ。

続きを読む≫ 2017/07/17 18:32:17

しばらく前にお伝えした通り、ツバメが実家の軒先で営巣している。急にふらりと訪れたときには必ず様子をみるようにしていたが、前回のブログにて報告したヒナは全滅してしまったそうだ。

 

理由はよくわかっていないが、巣の下あたりに血の跡がついていたらしく、両親いわく「ヘビにでも食べられたんだろう」とのこと。あえなく一家離散したそうだが、その後すぐに別のツバメが居座り、新たなヒナを育てている。

 

今回は外敵にも襲われず順調に育ち、私が見にいったときにはすでに巣立ちも近いほどに成長。ほっと胸をなでおろす。

 

思っていたより巣立ちまでが短いことに驚き、ツバメに関する知識がほとんどなかった自分に気づく。今回は、たまたま子供が並んで親鳥を待っている様子をカメラに収めることができたが、次回チャンスがあればもうちょっと成長過程に密着して記録撮影をしてみたい。

続きを読む≫ 2017/07/17 16:58:17

私の家からは隣町にあたる三次市から少し北上したところに君田という町がある。広島市内出身の人間からしたら君田・作木といえば雪の深いイメージが強くある場所だ。

 

この君田では毎年今くらいの時期になるとひまわり畑が満開となり、誰でも自由に持ち帰ることができる。私も花は嫌いではないが、世話をすることや枯れたときの面倒さが億劫で自分で活けた経験はない。

 

ただ、一度は行って見ておこうということで妻と一緒に車を走らせてみた。3連休の中日だがうだるような暑さが続いており、陽を遮るものがなにもない畑だけに熱中症には充分に注意しなければいけない。

 

現地付近になると緑の山の風景の中に一面黄色く輝いている一角が見えた。近づいていくと想像以上に観光客が多く、畑の細い道をすれ違うたびに一苦労した。

 

着いてみると景色はいいもので、ひまわりというものが意外と背が高いことに驚いた。背景の山の緑とひまわりの黄色、空の青との色のコントラストが絶妙で、思わず空を見上げたとき、変な形の雲を見つけた。

 

写真に掲載のとおりだが、飛行機雲ではない。妻いわく「地震雲」というのだそうだ。大きな地震の前触れに見られることが多いのだとか。そんなことが起こらないことを祈りつつ畑を後にした。

続きを読む≫ 2017/07/16 17:21:16

地元吉田での夏祭りといえばこの一心祭りだそうである。

 

家から徒歩でいける運動公園で開催され、町中から全部かき集めたかのように多くの人で賑わっていた。祭りの名が示す通り、毛利元就の教えである「三矢の訓」を武者絵巻という伝統として毎年実演している唯一の祭りなのだとか。

 

武者絵巻では、甲冑を身にまとった数十人の武者がそれぞれ毛利元就、吉川元春、小早川隆景、毛利隆元に扮し行われる。私も広島に生まれ育ったせいか、それとも単に歴史好きだからなのかはわからないが、どの名前にもある種畏敬の念を覚える。

 

また、この付近では、彼ら歴史上の人物にちなんだものも多く遺っており、ごく身近に感じることができる。妻の話によると、武者絵巻で毎年毛利元就を演じている大御所がいたそうだが、今年はすでに引退され、周囲を冷やかしにまわっていたらしい。

 

祭りのもう一つの見どころとしては花火である。

 

私は前々職の関係(打ち上げる側の人間だった)で、ある程度見飽きてしまっているため、あまり花火大会に進んで行こうとは思わないのだが、ここでの花火があまりに衝撃的だったのでとりあえずネタとしておくことにした。

 

まず、近い。

 

打ち上げる側の人間として間近で仕事をしてきたが、今までここまで花火を人に近づけた形での大会は見たことがない。もちろん地方独特の手筒花火などは除くが、関東、関西などの大会では下手をすると煙火従事者でさえかなりの安全距離をとることが義務づけられる。

 

その煙火従事者よりもさらに近い、しかも片側が山で覆われているような都心部では考えられないような場所で、2300発もの花火が揚げられるのだ。当然消防も駆けつけているが、目算でわずか数メートル付近に陣取っている。

 

地域差もあるのかもしれないと思い、消防士に解釈を聞いてみたかったが、打ち上げ時はあいにく川を挟んだ反対側にいたため断念した。

 

念のため付け加えておくが、私はここまで身近に花火を感じられることにある種の感動すら覚えたのである。危険だからという理由でやめてほしいわけでは決してない。ただ、煙火従事者としてかむろなど尾を引く花火などは火の玉をかぶることもあったため、過去に市民にそういう事例がないのかすごく気になってしまった。なんせ見る場所によっては市民と花火の間に木一本しかなく、下手すると花火筒が目視できる場所にあったからでもある。黒色火薬も調整しているのであろう、打ち揚げ高度もかなり低い。

 

これからシーズンでもある。花火大会にも足を伸ばすことになりそうだ。

続きを読む≫ 2017/07/15 23:08:15

ほたる三昧の日々が続いている。ただ、梅雨に入りこの間あいにくの天気続きでせっかくの見頃が無為に消化されてしまい、私としては悔しい思いも続いていた。

 

一日を通して雨が降らない日がほとんどなく、一応怪しい天気でも出かけてみたりしてはいたのだが、道中から雨が降ってくる日がほとんどだ。雨でも場所によっては全く見られないわけではないが、一般的には雨の日ほたるは飛ばない。

 

あまりの雨足に途中で断念して引き返したりする日が続く。ほたる鑑賞も繰り返し続けていると、見頃が終盤となった今では、ここしばらくの調査で見つけた一番のスポットに集中して通う毎日なのだが、移動時間もけっこう長い。

 

そのため、道中半ばで引き返す日が多くなったのだが、目的地付近で雨が降り始めた日などはダメ元でそのまま鑑賞に入る日もあった。そういう偶然の日に偶然ラッキーな形で発見したのが「ホタルのトンネル」であった。

 

普段、私のお気に入りのそのスポットでは、前回も紹介した通りホタルは川面あたりを飛んでいるものが多い。しかし、この雨により体が濡れるのを嫌ったためかどうか、多くのホタルが木陰に隠れるようにひそやかに飛んでいた。普段から車道側にもいることはいるが、ここまで集団でひしめき合っていることは見たことがない。

 

それも、道が全て木で覆われたような場所で、かつ木々の密度が薄いところなどはまさに乱舞と呼べる状態になっていた。その様が、まるでほたるの光によるトンネルのように見えたのだ。

 

思わず、見とれずにはいられない。道は真っ暗で夜間の林道は不気味な空間ではあるが、前に後ろに上下左右を覆うように光るほたるのトンネルに我を忘れて見入ってしまう。

 

それにしても残念なのが自分自身の撮影技術のまずさである。少しでも伝わればと写真を載せてみたが、実際の絵の10分の1も伝えられていないと思う。誰も通らない夜の林道の中でポツンと一人でカメラと格闘すること30分。その中で一番まともに表現できたなけなしの写真がこれであった。

 

いつか、もっといい写真が撮れるように(お金で機材を買うのは避ける方向で)工夫が待たれる次第である。

続きを読む≫ 2017/07/07 18:33:07

活動範囲内でほたるの群生地を探しまくっている。

 

ほぼ毎日のように足を伸ばしているがなかなか乱舞というまではみられる機会に恵まれず、同じことの繰り返しでいたずらに日々を過ごしてしまった。6月中盤くらいからは毎週どこかの町でほたる祭りなるものが行われ、ひととおり顔を出している。

 

山地のほうはホタルが活発に動く20時過ぎの時間帯はまだまだ寒い。数が少ないのは気温のせいもあるかもしれない。2週間ほど前に雨が降った次の晴れた日に意外な数のホタルが群がっていた日があった。

 

ただ、私が確認できたのはその日だけで、その次の日以降も期待して行ってみたが数は減少気味だ。

 

そんな中、昔から私がよく通っていた安芸太田のとある限界集落(数年前に人口が老人6名だけになってしまった記事をみたが今はどうなのだろう)に期待しながら行ってみた。

 

その場所は広島県内屈指の山奥というにふさわしく、家から2時間近くも車を走らせてようやく辿り着ける(市内から行くより時間がかかる)ところだが、もうホタルの乱舞なんてのは広島では見られないのかと諦めかけていた私の目を、まさに覚ますに充分なほどの光景を見せてくれた。

 

川沿いを延々林道が走っている場所で、人家がみられなくなって数十分行った所のため、周囲は真っ暗だ。昔このあたりで大地に寝そべりながら道路上でウトウトと寝てしまったことがある。今思うと割と危険な行為だが、30分くらい経ってあまりの眩しさに目が覚めてしまった。月も出ていない日で、星々が明るいものだと知った初めての体験だった。

 

そんな場所だからこそここでは常にホタルを独占できる、知る人ぞ知る私のとっておきの場所である。

 

残念なことに水量は20年ほど前と比べると半分以下になっているように思えるが、自然環境はまだまだ健在といえる。車で山への入口あたりからすでにホタルは見えていたが、進むにつれ、何百匹いるのかわからないほど濃い密度で見ることができた。車で進んでいてもライトに関係なく前後左右で見えるため、轢き殺さないかどうか心配したほどだ。

 

極めつけは写真の場所だが、この写真では全く伝わらない。カメラの三脚の接続パーツを持って行くのを忘れるという大ポカをしてしまったため、撮影環境が最悪だったのである。自分の迂闊さ加減を呪ったが、次のチャンスを狙うしかない。

 

林道の中で唯一といえる大きな建物がある付近の一本の大木に群がっていたのだが、数百のホタルが幻想的に舞い、その全てがすぐ下の川に反射して倍の数の光が目に入ってくる。下流を見渡しても上流を見渡しても小さな光が途切れず連なっている。こんな光景、見ることのできる今のうちに見ておかないと人生の損失に繋がってしまう。

 

その後も見頃のうちに連続して行きたかったのだが、あいにくの雨となり、おあずけになってしまっている。

続きを読む≫ 2017/07/01 12:39:01

田舎で暮らしていると四季の移り変わりを肌で感じる機会が多くなる。以前にも少し触れたカゲロウについてもそれが言えるし、6月あたりを境に辺りには一斉に蛍が見え始めるのもそうである。

 

東京で暮らしているときはなかなか難しかったものの、広島で過ごしていたときは毎年必ずヒメボタルを観るためにとっておきのスポットに足を運んでいた。それは普段ふつうに生活する上で蛍を目にできる環境ではなかったため、特別に足を運ぶ必要があったからでもある。

 

しかし、今住んでいるこちらでは普段の散歩コースでもそれらを観ることができる。都市部と大きく違う田舎暮らしの利点というのがこういう部分にもあるように思える。

 

特別足を伸ばさなくてもよかったのだが、地元の雰囲気を少しでも知っておこうと至近のほたる祭りというのに行ってみた。本当に周囲になにもないような神社や地元の施設などで開催されているささやかな祭りだが、こんなに活気のある地域だったのかと驚くほど子供連れの家族も多くみかける。

 

祭りにはお約束の行事として地元の神楽なども催され、屋台なども出ている。こういったことを体験できる場所が身近にあると、地元を大切にしようと思う気持ちが都市部で育った人と較べるとまた違ったものになるのかもしれない。

 

蛍の撮影はなかなか難しく、今後近くのスポットで挑戦してみるつもりだが、今まで綺麗に撮れたためしがない。車で5分ほどのところに良いスポットがあるので、ある程度うまく撮れるようになるまでこれからしばらく通ってみるつもりだ。いい写真が撮れればアップしたいと思う。

 

写真はともかく、都会育ちの人の中にはホタルを見たことがない人も多い。上述のように写真に収めるのも難しく、うまく撮れても全体の構図として綺麗に撮ることが難しく、ネットで探してもいい写真はほとんど見当たらない。やはり、実際に目で見てみるのが一番ではないかと思うので興味のある方は足を運んでみてほしい。

続きを読む≫ 2017/06/12 15:08:12

引っ越してから一度も神楽を見ていなかったということで、今日は安芸高田随一の集客施設である神楽門前湯治村に足を伸ばしてみた。

 

東京にいても、しばしば耳にする機会が増えてきたが、広島や島根などは神楽に縁のある地域が多く、今も伝統が守られている。私自身、特に伝統芸能に詳しいわけではなく、正直なところ、能や歌舞伎などにはほとんど興味がなかったりする。

 

そんな私でも安芸高田などで「新舞」と呼ばれる神楽を見たときは、いいものを見させてもらった気分になれるため簡単に紹介させていただく。

 

今までの私はなんとなく、伝統芸能というものに対する印象として退屈であるというイメージを持っており、好んで観る気になるものではなかったのだが、安芸高田や千代田で行われる神楽の「新舞」に関しては退屈な時間が少ないこともあり、充分に楽しめている。

 

神楽はそもそも奉納などがコンセプトであるため、祭りや神社のイベントなどで無料で見られるものであった。湯治村では一応舞台として公演する形をとっているため鑑賞料が発生するが、大人で500円など気持ち程度のものである。

 

演目となる舞台が日本の古代神話であり、スサノオや酒呑童子、八岐大蛇、九尾の狐など、興味のない方でも名前くらいは聞いたことのあるような妖怪や神、天皇などが登場する。

 

台詞に古語口調が使われてはいるが、誰がみてもわかりやすいストーリーであり、鬼や衣装にも独特の雰囲気がある。大人だけでなく子供にも人気で、地元の高校生などが主体となるような大会も積極的に行われている。

 

見どころとしては、雰囲気のある衣装や鬼などの立ち振る舞い、衣装の早替え(気づいたら衣装が変わっている)、気づいたら鬼の面が変わっている変面、狭い舞台で激しく回る舞など観るものを飽きさせない工夫などが随所にあり、音楽などで盛り上げる神楽囃子なども見ていて楽しい。

 

また、演者は全て本業ではないのも驚きである。全員、普段はそれぞれの仕事があり、仕事が終わった時間で練習し、休日の日に公演しているということだ。神楽囃子にしても、楽譜というものが存在せず、全て先達の演奏を耳コピして覚えるとのこと。つまり舞台上全員プロの演者といったものではないため、そこには純粋に地域の伝統を守りたいというひたむきさがあるように感じられる。

 

もし、私と同様退屈そうで敬遠というようなイメージを持っている方がいれば一度騙されたと思って観ていただければと思う。

 

また、湯治村では、舞台が終わった後の演者と触れ合えるコーナーも設けられている。私も強く勧められる形で恥ずかしながら衣装を着させてもらったが、予想以上に重く、演者の大変さがわかるようであった。

続きを読む≫ 2017/06/02 14:03:02

しばらく更新が開いてしまった。この間、ネット環境に原因不明の不具合があり、5/29からホームページにアクセスできなかった期間がありご心配いただいた方には申し訳なく思います。

 

急にアクセス不可の状態になってしまったため、ローカル上で記事の更新をしていてもアップロードすることができず、開き直って周辺のネタ探しにでかけてみた。

 

候補地近辺の道をドライブしてみたり、妻の実家の玄関にツバメが巣を作ったため見に行ってみたり、広島市内最大の祭りともいえる通称とうかさんに行ってみたりと、それなりにネタはあったのだが賞味期限が過ぎてしまった。

 

私の住む吉田にはツバメが多く、毎日のように目にしながら過ごしているわけだが、身近な場所に巣を作ることも珍しくない。大阪・東京では滅多にお目にかかれなかったツバメだが、田舎に来て早々これでもかというほど目にするようになった。

 

ツバメは外敵から身を守るのが得手でなく、渡り鳥であるため安全な環境に敏感であるといわれる。自然の動物としては珍しく、人間を必要以上に恐れず、人間が多く出入りする場所は外敵から身を守れる場所として認識するようだ。

 

環境に敏感であるため、ツバメが軒などに巣を作ると火事なども起こらず、害虫が駆除され、豊作になるなど家や店が繁栄するといわれ、昔から人間にとって縁起が良いとされる。

 

私も思えば子供の頃、家のベランダに巣箱を設置していた記憶がある。しかし一度も鳥が寄ってくることはなく、子供心にがっかりしていた。望む望まないに関わらず、いるところにはいるものだとしみじみ思った。

 

実家のツバメは営巣が終わり、今ようやくヒナが産まれたところで、親鳥が甲斐甲斐しくエサを運んでいる様子がみられて微笑ましい。

 

今後も無事巣立ちまで過ごせるといいが。

続きを読む≫ 2017/05/31 11:50:31

朝から家の外が賑やかしい。本日はこのあたりでの一大イベント「市入祭(いちいりさい)」というのが開催される。

 

安芸高田では神楽が盛んで、全国的にも有名になりつつある。この市入祭ではこども歌舞伎といって、立候補した地元中学生による歌舞伎が神輿で演じられるようだ。

 

朝、相変わらずパソコンとにらめっこ中だった私は、アパートのすぐ前から聞こえる笛太鼓の音で慌ててカメラを取り出し、祭りへと参加することにした。田舎の祭りなので小ぢんまりといているが、近隣住民の参加が多く、楽しい雰囲気がある。

 

ご存知の方もいるかもしれないが、ここ安芸高田は神楽で有名な町だ。その歴史は能や歌舞伎よりも古く、原点は平安時代にまでさかのぼるらしい。地域に残っている伝統芸能として今に引き継がれているが、歌舞伎や能と違って、演者にそれ自体を生業としている人がいないのが大きな特徴だ。

 

これは考えてみればすごいことのように思う。伝統を引き継ぐと言ったって、趣味や酔狂で簡単にできるものではないと思うからだ。関係者は全て他に生業をそれぞれ持っていて、神楽の練習や講演は各々の仕事の合間にやっているのだという。そういう人たちにより受け継がれた伝統の舞を是非みなさんにもご覧になっていただきたいと思う。

 

こういうお祭りでもそうだが、田舎では、都会ではすでに見られなくなった風習や行事がいまだに生きているものも多い。この時期に道を走っているとあちこちに鯉のぼりを出している家を見ることができるし、祝日には玄関先に祝日旗を出していたり、獅子舞なんかも残っていたりする。

 

一通り回り終えて家に戻ると、普段の数倍ほどの数のツバメが群がり、飛んでいた。人が群がるところには何かあるのかもしれない。

続きを読む≫ 2017/05/05 13:42:05

引き続き本日も周辺地域探索。

 

安芸高田の東端、向原をさらに山ひとつ超えて、東広島あたりを走る。このあたりは牧場などが多く存在し、景観ものどかで気分がいい。道中、地図上ではほとんど車通りのなさそうな林道を通っていくとかなりのショートカットになっていたので試しに通ってみた。

 

人の手があまり入っていない林道で、入口あたりに通行止めの看板があり、看板の上に「解除中」という張り紙がしてある。これを見てわかる通り、どちらかというと「通行止め」であるのが通常で、解除されている現在のほうが普通ではない状態のようだ。こういう道を初めて通る場合、大型の車では多少勇気がいる。何が起こってもすぐ引き返せるような取り回しのいい車で動くのが望ましい。

 

引越ししてからこっち、サーフに乗ることがほとんどなくなっている。近場の探索や、道がわかる範囲においては目下買ったばかりの軽トラが大活躍中だ。完全オフロードのこういった林道を走るのにはサスの利いたサーフが望ましい面もあるが、離合する局面になった場合、軽トラのほうが断然有利である。

 

およそ40分くらいのオフロード走行中、自慢の軽トラは揺れに揺れた。

 

この近辺にはこじんまりとした個人経営の牧場がいくつも散在してあり、適当な牧場に寄り道してみる。ゴールデンウィーク中とあって規模の小ささからはありえないほどの客が集まっている。こんな片田舎にしては駐車場もあり得ないほど広いのだが、それだけでは足りず、近辺の空き地という空き地が車で埋め尽くされていた。

 

そういった状況を心得たものか、牧場の方もある程度の商売を営んでいる。家畜へのエサやりなどはもちろん、飲食店、チーズ工房、カフェテラス、プリンや乳製品などの販売、特に行列が凄まじかったのはソフトクリームのコーナーだ。採れたてミルクから作られるそのお店には1時間待ちくらいの行列が並んでいて、我々の3時間ほどの滞在中、全く途切れることがなかった。

 

時間はいくらでもあるため、並ぶことにしてハンバーガーを食べてみた。このあたりでは珍しい、パンの間に具がてんこ盛りになったハンバーガーも人気のようで、待ちはじめから食べ終わるまで2時間もかかってしまう。さすがにお店の順番待ちをハシゴする気にもなれず、その後は家畜を見て回った。

 

後から知ったことだが、この牧場、何度かテレビでも紹介されているらしい。今日見たのは大型連休中という非日常の光景であったため、次回があれば平日あたりにでも訪れてみよう。

続きを読む≫ 2017/05/04 12:55:04

渡るのは何年ぶりだろう。

 

今日はまずまずの天気なこともあって少し遠くまで足を伸ばしてみた。久々に渡る瀬戸大橋は風が強く、運転中何度も右に左にハンドルをとられてしまう。「瀬戸大橋ってこんなに長かったっけか」とこぼしながら香川は高松にある「四国村」という場所を目指す。

 

四国村というのは四国圏内にかつてあった古民家を一つ処に移築し、展示してある村の総称で、四国の伝統と文化に触れることができる人気スポットとなっている。ある一個人が文化財を残したい思いから始めたと聞き、一度見にいきたいとかねがね思っていた場所だ。

 

過去に川崎の民家園に行った際、どうせ色んなところで画像は手に入ると思い写真を撮っておらず、後悔したことがあった。当時まさか将来自分がセルフリノベーションをすることになろうとは思ってもなく、時間をかけて見て回った割に記憶に残っているのはほんの少しだけだったのだ。

 

四国村の規模は民家園ほどではないにしろ、種々の建物の造りや収まりを観察して今後に活かしていこうという裏心もある。移動にかかる所要時間は4時間程度と予測していたが、朝8時に出て11時頃には現地に到着してしまった。予定を早め先に早い昼食を摂ることにした。

 

短絡的だが、やはり香川に行くからには讃岐うどんを食べたいということで、四国村の入口におあつらえ向きのようにある「わら屋」という地元でも人気のうどん屋ののれんをくぐる。実際使っているのかどうかは確認しなかったが、店隣に水車小屋があり、勢いよく回っている水車がうどんを挽いていることを連想させた。

 

讃岐うどんには忘れられない思い出がある。学生時代、自転車での旅をすることがライフワークだった時期に友人と二人で四国への旅をしていた。貧乏学生だったため財布の中身は乏しく、空腹の中ひたすら自転車を漕いで距離を稼いでいた。そんなとき二人がふと目にしたのが地元のなんでもないうどん屋さんだった。

 

讃岐うどんという名前こそ聞いたことはあったが、当時の貧乏学生に伝統や味の価値などわかるわけもなく、特に意識することなく軒先に書かれていた値段(確か200円くらいだったと思う)に惹かれて食べたのが讃岐うどんとの最初の邂逅だ。状況的にスキーゲレンデで見る女性のように何割増しかにはなっていると思われるが、そのとき食べたきつねうどんの旨さが衝撃的で、今でも舌の味蕾のあたりに当時感じた味が残っている。

 

以来、讃岐うどんびいきの私だが、残念ながらあのときほど旨いと思えるうどんにはその後まだ出会えていない。

 

当時を懐かしみつつ四国村を見て回る。わら屋の繁盛ぶりを見ていて、これは村の方も混雑するぞと覚悟を固めていたが、GW初日とは思えないほど閑散としており、存続が心配になるほど貸し切りに近い状態であった。客として見たのは外国人観光客数組だけで、日本人客と一人もすれ違っていない。スタッフの気配もほとんど感じることなく、ただ見て回るだけの入場料1200円が高いかどうかは個人の価値観によるだろうが、大方の人は高いと感じるのではないかと思った。

 

一通り見て回って、真に歴史を感じさせる貴重な家屋を残している努力には頭が下がる。私の創造力を膨らませるのにも大変有用であった。来る前に想像していたとおりの価値があったと思う。ただ、私のようなある程度の知識を持って見学に来ている客であれば足りない部分は自分で補完できる部分もあるため何の問題もないが、そうでない客には物足りない部分があるように思えた。

 

展示してあるモノがいいだけに、あと一歩何かが足りないのが残念に映る。もっと何がしかの実演をしたり、専門家を配置したり、見学に来た客に何らかのアピールをもう少しすれば貴重で価値のある古くからの日本家屋がもっと諸兄の印象に残り、身近に感じられると思うのだが、どうだろうか。

 

そんなことを考えながら帰途についた。

続きを読む≫ 2017/04/29 20:20:29

今、巷でネット通販を悪質利用した大規模な詐欺が横行している。

 

私も、自分だけは大丈夫だろうと思っていたうちの一人だ。安芸高田に越してきて、身の回り品で必要なこまごましたものを安いからという理由でアマゾンなどのネット通販で買っていることが多い。

 

生活雑貨などは、特にこだわらない人なら近所のホームセンターで買えば十分だが、なにかと意匠などにこだわる人からすると、田舎の店では取り寄せしか手段がない。そういうときに便利だからついつい利用してしまう。

 

そんな利用し慣れた私でも見破れない詐欺にひっかかってしまった。色んな場所でニュースになっている「アマゾンマーケットプレイス詐欺」というやつに。恐らく、日々のニュースを目を皿のようにして見ていた都会っ子の時代であればどこかで気づいたかもしれないが、今はすでに田舎に溶け込んでいる身だ。私がひっかかってしまったのは割と巧妙な部類に入ると思われる。皆さんにも注意を促す意味で参考までに掲載することにした。

 

まず、私がある台所用品を買おうと思ったことが話のきっかけとなる。いろいろ見ていて、実際に繁華街にもでて探していた。そこでこれはいいんじゃないかという品を見つけたのだが、在庫がなく取り寄せになるということで、取り寄せにはせず、ネットで探してみようと思った。その方が早いうえに安いと思ったからだ。ネットで見ているといろいろ品があるため目移りしながらも、結局、その品を買うことにしたのだが、その該当の商品の定価が5千円くらいのところ、その出品者は3千円くらいで出していたのだ。

 

例えばこれが、今ニュースにも挙げられているような「1円」だとか「99円」だったりすると当然疑いの気持ちを持ったであろう。2千円引きくらいなら「あり得るのかもしれない」とつい思ってしまった。それも恐らく個人事業主からの出品で、過去の評価を見ても問題なさそうだった。

 

4/17日に注文して支払いを済ませた後、18日に郵送手続き完了「23日までに届きます」とメールがきた。この時点でおかしいと感じたが、海外から送るのかな?程度にしか考えず、全く意識せずにいた。しかし、23日になっても届かない。郵送業者に電話しようかとも思ったが、「配送状況」をみると「現在出荷しました。配送中です」とあと一歩で届くような表示になっている。一日だけ待ってみるかと様子をみたが、次の日も届かない。

 

これはおかしいと思い、出品者の評価を再度見てみると、評価は概ね良好であったものが、4/24あたりからズラリと☆1評価が並んでいて、皆くちぐちに「詐欺です注意」と書き込んでいる。念のため郵送業者に確認すると「そのような配送物はありません」とのこと。

 

慌ててネットを調べると、すでに大きなニュースになっている。「中国で大規模な詐欺団が横行」「アマゾンマーケットプレイスで詐欺被害多発」

 

やられた、と思いすぐに出品者にメール。すぐに返答がきて、「私のアカウントが乗っ取られました。本当の出品者は私ではありません。アマゾンに対応を依頼中ですが、同様の被害が多数発生していてすぐには対応できないようです。被害者にはアマゾンからしかるべき保障対応をすると返答をいただきましたが、ご自身でも保障を申請されたほうがよろしかろうと思われます」とのことだった。

 

すぐに保障申請し、全額返金になるよう手続きをしたが、名前と住所は抜かれてしまっているだろう。今後どういう2次被害がでるかわからないが、注意しなければいけない。

 

皆さんも、注文するときはくれぐれもご注意を。

続きを読む≫ 2017/04/25 13:28:25

ハローワークで開催される雇用保険説明会に行ってきた。

 

失業手当を支給されるのはありがたい限りだが、早めに今後の仕事も方向性を決めておきたい。説明会の中で職業訓練校の話があり、農業技術習得科というのが気になった。検討しようかと考えていたところ、本日が応募締切と知って愕然とする。なんの心の準備もできていなかったため、つい見送ってしまったが、こちらでやりたい仕事のひとつの候補として「農業」というのは考えている。

 

東京で仕事を選択する際、将来の移住先でも絶対に仕事に困らないようにと福祉の道を進んだが、当然こちらでも福祉系の仕事は人手が足りない現状がある。そのため福祉系の仕事を探すとなればすぐにでも見つかりそうな気がするが、それは最後の手段にしようとも考えている。

 

古民家ブログの方でも述べているように、家と関わりあう時間を持つために生活にゆとりが欲しいというのが大きな理由だ。福祉でも選択によっては可能かもわからないが、基本的にどうしても夜勤が必要だとなると、前向きになれない要素が多い。こちらの福祉業界事情はもっと詳しく調べてみる必要があるが、ちょうど義弟が福祉系の仕事をしていて、部署替えで今春から夜勤を始めたという。そこで少し詳しく聞いてみると、16時間夜勤を月に7回がノルマ(夜勤可能な人員4人で回している)だという。こちらではそれが当たり前なのかどうかはわからないが、相当の覚悟が必要な激烈ハードワークだ。

 

今はまだ働き盛りだし、歯を食いしばってなんとかやれるだろう。が、これが20年続くかどうかとなると極めて疑わしい。最大の目的である家のこともほとんど何もできなくなるのが簡単に想像できる。健康的な生活を送るのも至難の業である。子供がいればまた話は別だろうが、今は夫婦二人、家を持ち、それを維持することが最重要課題だ。

 

妻にはネットビジネスや執筆業を進められるが、体を全く動かさないネットビジネスは恐らく性に合わず、執筆業などを40オーバーのOSSANが本気で生活の糧にするようになれば悲惨な将来しか想像できない。地域振興に絡んだNPO法人を立ち上げるなどの選択もあるだろうが、ちゃんとした収入に繋げられるかどうか絶えず不安がつきまとう。要は、独立事業主ではなく、まずは雇われたいというのが今考えている道筋だ。

 

そういう理由もあり、例え少々条件が悪くても、健康的な生活リズムが保てる仕事を探したいと思っている。幸い、ハローワークの仕事検索をしていると、福祉の他にも興味が持てそうな仕事もいくつかある。雇っていただけるかどうかが最大の壁になるかもしれないが、それに関しても、都会ではほとんどの仕事は年齢制限が「40歳」というので区切られ、それも40に近くなるほど同業での経験値が求められるが、この近辺ではほとんどの仕事が「45歳まで」「経験なくても教えます」となっている。都会よりは希望が持てそうではないか。あとは人間を見てもらうしかない。

 

今後自分自身がどんな仕事を選ぶのか、悲観するのではなく、楽しみたい。

続きを読む≫ 2017/04/25 11:56:25

自宅から車で15〜20分ほど尾道方面に走っていくと、安芸高田市の東端、向原町に着く。

 

今日は妻の話によると、向原でアート祭りというのがあるそうだ。私は安芸高田市のことは新参者でよくわからないため、地元情報はもっぱら妻側の家族か市役所から集めている。

 

アート祭りと聞いて、なんとなく敷居が高そうなイメージを持ちながら正直あまり気乗りしなかったが、天気も良かったので散策がてら行ってみることにしたのだった。

 

到着してみると駐車場はなかなかの混雑っぷり。お年寄りから若者まで色んな種類の人たちが会場に向かって歩いている。土地の広さの割には遠いところに駐車場があるなあと思いつつ足を運んでいると、山を越えたあたりから洋風の音楽が聞こえてきた。会場に到着すると、山と小川に囲まれた絶好の場所で100くらいのブースが出てフリーマーケットが開かれていた。

 

会場入り口あたりに巨大な空中ブランコのようなアトラクションがあり、牧場の馬を連れてきているクラブ募集のブースや、歌を唄う会場、スケボー会場、子供が遊ぶシャボン玉マシーンなどがあり、予想外に楽しめた。といっても、私が興味を惹かれたのは結局フリーマーケットで、それも、通常自分が想像するいらないものを売っている系のフリマではなく、アート目的で制作されているようなお店に的が絞られている様子だった。

 

なにより、山と川に囲まれた場所でさらに快晴とあれば、楽しくないはずがない。

 

私も、今後古民家の改築をすれば、廃材や出てきたゴミを活用してなにか出展できるかもしれんなあと妄想してみた。

続きを読む≫ 2017/04/23 12:44:23

東京の家を引き払い、広島に向かう道中で妻方の故郷のひとつである御前崎に立ち寄った。

 

関東で15年ほど過ごしたが、実はあまり太平洋側に遊びに出たことはあまり多くなく、見納めでもあった。港町というのもいいものだ。潮風が心地よく、人情も温かみがある。

 

今回は急ぐ道中ではないが、長居とはならず、通り過ぎるように南端を後にした。前回訪れたときは確か宿泊だったため、太平洋の日没を見て感動した記憶が鮮明にある。

 

広島に戻ったとしたら、似たような環境を探すとしたらどこになるだろう。恐らく、高知南端の足摺岬か室戸岬あたりになるに違いない。四国には是非とも通ってみたい四万十川があるし、いずれ行くことになる予感がある。

 

御前崎を後にし、一路京都を目指す。日本最古の文明であった京都で、和室や古民家に溶け込むような照明を物色しながら散策を楽しむ。結局、数時間歩いたが収穫は気に入った照明ひとつだけで、京都を後にした。
続きを読む≫ 2017/03/01 13:35:01